スクエニプロデューサー安藤武博氏のブログ“スマゲ★革命”第二十五回 「アップルとは何者なのか?」
2012-06-25 21:20 投稿
●第二十五回 「アップルとは何者なのか?」
2012年6月15日に、アップル主催のイベント“WWDC (WorldWide Developers Conference)”が終了しました。毎回、新ハードやソフト、OSについての重大な発表があるこの催し。今回は新型iPhoneの発表もなく、淡々としていた印象を受けがちですが“スマゲ☆革命”的には、そんなことはありません。今回は、WWDC終了直後の現在、私が個人的に思っている「スマゲにとってのアップルとはどういう会社なのか?」について書きたいと思います。
私は毎年WWDCには行きません。代わりに右腕とも言うべきテクニカルディレクターに行ってもらっています。一般的な情報はウェブサイトでも確認できますし、込み入ったセッションの情報は技術に聡い人間が行ったほうが良いからです。E3も同じく、よっぽどの行く理由(現地開発者との重要な打ち合わせやメディアへのインタビュー等)がある時以外は行きません。イベント以外のタイミングでも打ち合わせはできますし、渡航費も勿体無いですしね。今年はクリックホイール付きiPodのゲーム開発時代から私を支えてくれている青柳秀俊と、iPhone版の『クリスタルディフェンダーズ』、『ソングサマナー』、『国破れて山河あり』を当時は開発会社のディレクターとして担当してくれていた(後にスクエニに加入した)畑圭輔の2名に行ってもらいました。WWDCへの参加以外にも、毎年アップル本社のスタッフに今後の我々のラインアップや中長期的なコンテンツの展開計画を伝える機会を設けたりもしています。そんな中で、アップル社に対して感じることがあります。
それは「彼らはゲームプラットフォーマーでは無い」というひと言につきます。あくまで私見ですが、彼らもそう思っているのではないでしょうか。今や主要国のアプリ売上ランキングの上位はほとんどがゲームとなっていますし、iOS向け製品は専用ゲーム機と比肩しても“ゲーム機”といっても遜色の無い存在感を見せています。では、なぜそう感じてしまうのでしょうか? それは彼らからにじみ出る“哲学”とも言うべき姿勢があるからです。
アップルは「自分たちの製品やサービスが、いかにエレガントに見えるかどうか?」という事に異常なまでのこだわりをもっているように感じます。それがスティーブ・ジョブスの遺伝子なのでしょうし、だからこそアップルのプロダクトに世界中の人々が(もちろん私も)魅了されるわけです。それをアップルの“哲学”だと定義すると、完全に“哲学>ゲーム内容”なのが彼らです。さらに言うならば“哲学>売上”とも言えます。端的に言うと、今や世界でも最も売り上げていると思われる日本のアプリ市場の“売上自体”に、アップル本社はほとんど興味を持っていないのではないでしょうか。いささか乱暴ですが、それくらい「売上が大きい事よりも、そのアプリやコンテンツ内容がアップルの洗練された哲学を実現しているのか?」ということを徹底的にこだわっているように見えます。
今回のWWDCではMacBookにもRetinaディスプレイが搭載され、高解像度ディスプレイ化が全てのプラットフォームで実現されました。今現在もそうですが、これからもゲームアプリを創る際にRetinaディスプレイへの対応は必須です。フォントを美しく見せることに、たいへんなこだわりを見せたジョブスの思いが受け継がれているのでしょうか、とにかくRetinaディスプレイへの強い思いをアップルからは感じます。今後、彼らが標榜し実現できる解像度は2880×1800ピクセル(作業領域1440×900ピクセル)と、恐ろしいほどまでに精密ですから、開発者的には「この解像度のものがメモリに載ってスムーズに動くのかな?」とも思っていますが、いずれにせよ“何らかの形”で美しく見せる努力をするのはスタンダードと言っていいでしょう。その時に、アップルが求めてくるのは「このゲームの美しさを表現できるのは洗練されたRetinaがあるからだ」という点だという事です。ゲームプラットフォーマーだと「このゲームのグラフィック表現の美しさがあってこそ、このゲーム機が引き立つ」みたいな考えもあり、その逆も然りでどっちもあるのですが、アップルの場合は「とにかく我らの製品が第一」という感じを受けます。
ゲームに関連したところで言うと、“Game Center”も着実に進化を遂げてきました。個人的に注目しているのは“Challenge”。友達とスコアやアチーブメントを競う機能で、これをうまく使うと友達がプレイしたゴーストとの対戦や共闘などのアイデアが盛り込めそうです。もちろん、こういったアイデアは“Game Center”や“Challenge”を使わなくても実現できるものですが、先ほどの哲学に当てはめると「これらを用いて実現したほうがエレガントである」という事になるのでしょう。
またOS Xとの連携を強めた“Air Play”にも未来のゲーム像が見て取れます。Mac(パソコン)からApple TVやモニターへの出力可能。これがiPhoneとも連携するので、“Second Display”、つまり手元のiPhoneにはカードの“手札”が、出力されているモニターには“場”が表示されたりと、任天堂がWii Uで標榜しているような形式での遊びも可能になりそうです。一般的に浸透するのには、まだかかりそうですが、そういった足がかりが更に見えてきて、それに対しての意識がいよいよ私の中にも芽生えてきたという点では充実したWWDCだったと思います。
私は“いちゲーム屋”として、これらの機能を浸透実現していくのはコンテンツ=おもしろいゲーム次第だと思っています。もちろんアップルの製品としてエレガントであるのかも、彼らの商品で育ってきた私にとって(初めて買ったノートPCはPowerBook G3 (FireWire)で、初代iMacは人生最初のボーナスで発売日に買った思い出があります)大変重要な事です。ですが、前述のとおりiOS市場は完全にゲームプラットフォームになっています。ゲーム屋が市場に対して仕掛ける“コンテンツに対する思いやり”を汲み取るのもアップルには忘れて欲しくないです。たとえば最近であれば、雑誌添付のシリアルコードや招待コードについて厳しい姿勢を見せているようですが、我々はお客様、ひいてはアップルが築いた“ゲーム機としての市場”を盛り上げるためにやっています。iOS向けにはこれからも、良質なゲームを送り続けていく予定ですから相思相愛で行きたいですね。
■追伸
第二十一回でも取り上げた特モ二部の完全新作『ガーディアン・クルス』が先週よりサービス開始しました。我が部門が誇る拡散性プロデューサー集団(詳細は第十五回)のひとり、田付信一初のオリジナルプロデュース作品です。現在おかげさまでトップセールスランキングの4位まできました!
この作品はカードバトルものですが、ガチャガチャが入っていません。以前から思っていることですが、我々はガチャガチャがなくても、皆様に受け入れられるおもしろいゲームは創れるし、売れると思っています。本作のリリースはその証左になったかなと思っています。もちろんこれはきっかけに過ぎません。最近立ち上げて作り始めた、特モ二部の新作には軒並みガチャが入っていません。我々にとってガチャガチャは多くある遊びのごく一部に過ぎないからです。『ガーディアン・クルス』はガチャが一般的ではない英語圏、特に北米のお客様に向けても制作されたものですので、この作品がいったいどうなるのか? リリースするのを楽しみに現在最終調整中です。
なお、『ガーディアン・クルス』のAndroid版は現在開発中です。年末までお時間をいただくと思いますが、良い作品にしますのでご期待下さい。
つづく
【ガーディアン・クルス】
※スクエニのガチャ無しカードバトル『ガーディアン・クルス』が配信開始 『ミリオンアーサー』プレイヤーはプレイ必須!?
安藤武博 スクウェア・エニックスのゲームプロデューサーにして、同社のスマートフォンアプリ制作の中核を担う人物。早くからスマートフォン事業に携わってきたことから、アプリに対してはすでに確固たる理論を構築している。それでいて、つねに新たなステージへのチャレンジを忘れないスマートフォン業界の革命児。 |
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