
モンスターたちの{起源/オリジン}第14回:1000年ものあいだ神々のおもちゃにされたナーガ族に愛を……
2018-08-30 18:00 投稿
インドの蛇族ナーガはコブラ
今回はRPGやファンタジー小説でも当たり前のように出てくるモンスター、ナーガの話をしよう。ナーガとは、インド神話における蛇神の種族。決して、長いからナーガではない。
ナーガという言葉は、インドのサンスクリット語で“蛇”を表す言葉のひとつで、インド=ヨーロッパ語族経由で、英語の“蛇”=スネークの語源に当たる。
ナーガは、ただ蛇という意味を持つだけでなく、インドコブラも指す言葉。このことからも、この猛毒の蛇インドコブラが、かつて神として信仰されていたことがわかる。
古い神像で、5つ、あるいは7つ、9つの頭を持つコブラに守られたナーガ神がよく出てくるのは、このためだ。その後、ナーガは、修行中のお釈迦様に帰依して、傘のように雨風から守ったことで、仏教の神“龍王”になった。
なんと驚き、ナーガとは龍王と同じ存在だったのだ!
賢者の息子がなぜか蛇に
さて、そんな神性極まるナーガ族はどのようにして生まれたかのだろう? なにを隠そう、ナーガはインド神話で神にも等しい大仙人カシャヤパの子どもである。
カシャヤパには何人もの妻がいるが、その正妻であるカドルーの子どもがナーガなのだ。カドルーは、造物主プラジャーパティの娘で、妹のヴィナターとともに、非常に美しかったので、カシャパに嫁いだとされる。
この姉妹は甲斐甲斐しく夫に仕えたので、神に願いをひとつ叶えてもらうことになり、そこで姉であるカドルーは、光り輝く多くの子を求めた。その結果、彼女は千個の卵を生み、500年後、千人のナーガ族を得たのだ。
んー、さすがに多すぎやしないか? 大家族スペシャルもビックリのボリュームだ。この家族が引っ越してくるだけで、市の人口が1000人以上増えると考えると、凄まじいぞ。
さて、そんな姉と仲の悪かった妹のヴィナターは、姉の子より輝くすばらしい子どもを望み、ふたつの卵を生んだ。しかし、卵は500年経っても孵らなかったために、ヴィナターは片方を割ってしまう。それが曙の神アルナだったのだが、早く卵を割られてしまってので、アルナは下半身がまだ出来ておらず、母のもとから去ってしまった。
これを悔いたヴィナターは、もうひとつの卵をその後500年守り、鳥の神ガルーダを誕生させたのだという。
こうしたふたりの姉妹の仲の悪さが影響したため、ガルーダは姉の子どもであるナーガを餌とするようになったそうだ。
ここまでの話を聞くと、悪い妹に良い姉といったイメージを持つが、じつは姉も相当に性格が悪かったらしく、その子どもたちであるナーガたちは悪の存在とされ、地の底で自分たちの王国を作って暮らすようになったという。
神性極まる存在ナーガの話をしようとしたのに、悪いイメージしか出てこないぞ……。いや、モンスターとしてはエリートと褒めるべきか……。
ちなみにこの姉妹の中の悪さは本当に凄まじいようで、あるときヴィナターが姉のカドルーとの賭けに負けたとき、ヴィナターは500年間カドルーの奴隷となることになったという。なお、カドルーはこのときちょっとしたイカサマをして、勝ちを掠め取っている。
このとき、ガルーダは母親を救うため、インドラから神の酒アムリタを奪ってナーガたちのところに行き、アムリタを見せ、彼らを偽って母親を取り返したそうだ。しかし、その際にこぼれたアムリタをなめたことで、ナーガたちは脱皮して若返る力を得たが、舌がふたつに裂けてしまったという。
子どもに迷惑をかけまくる、困った母親たちである。
世界はナーガでぐるぐる回る
世間一般では、ナーガ族はただナーガというだけで一括りにされているが、そんなナーガ族の中にも有名な個体は存在している。その中でももっとも有名な一匹が、ナーガの王“ヴァスキ”である。ただし、このヴァスキは何か偉業を成した訳でもなんでもない。
では、なぜ有名になったのか。それは、ただただでかくて長かった!
どれくらいでかかったのかというと……。詳しくは以下の物語を呼んでほしい。
あるとき、悪鬼アスラたちと戦っていた神々は、神の力を取り戻すべく、海を撹拌して不老不死の霊薬“アムリタ”を作り出すことにした。ヴィシュヌ神が巨大な亀に変身して海に沈み、その上にマンダラ山を逆さにして置き、海を撹拌することにしたのだ。
しかし、ただ山を逆さにするだけでは海は撹拌できない。そこで、神々は山を回転させるために、海の底に隠れ住んでいたナーガの王ヴァスキを紐として引っ掛け、アスラと神々が左右から交互に引っ張ることで、マンダラ山を回転させて海をかき回したのである。
なんか、でかくて有名になったというわけではなく、被害者の会代表として有名になってそうなエピソードだな……。海の底に隠れ住んでいただけなのに、そんな扱いを受けるとは……。
しかもこの話、ちょっと引っ張られたという話ではないようだ。なんと、この海を撹拌する作業は1000年にも渡って続けられたというのだ。さらに、その影響で海と山の生き物は全滅し、白濁した海からは霊妙な存在が次々と誕生。迷惑極まりないな……。
そして、神々とアスラの共同作業の結果アムリタは作られたが、アスラは騙されてそれを飲むことが出来なかったという。まったくのお疲れ様である。
しかもそれだけでなく、散々引っ張られ続けたヴァスキは相当に苦しんで毒気を吐き出してしまうわ、頭側を持って引っ張っていたアスラたちはこの毒気を浴びてしまい、肌が青くなってしまうわという負のおまけ付き。
アスラからしてみれば、たまったものではないだろう。いや、それはヴァスキにとってもか……。ちなみにこれ、すべてはヴィシュヌの引いた策略だという。
えぇ……。これはさすがにひどいんじゃないか……?
ここまででもヴァスキは十分に不幸であると言えるが、ヴァスキを襲う不幸はそれだけに留まらない。山を回すための紐になるという、尊厳をマイナスにまで削り取る行為を受けて毒気を吐き出したヴァスキは浄化されたのだが……。
きっと、それを見て「お、いい蛇皮のアイテムあんじゃーん」的な乗りになったのだろう。ヴァスキはそのままヴィシュヌの帯にされてしまったのだ。
これはもう涙なくして語れない! 石の下にひっそりと隠れていたら、ヤンチャ坊主に見つかって散々オモチャにされた挙げ句死んでしまう、哀れな虫たちを思い出す。それもただ弄ばれるだけではない、1000年間も弄ばれるのだから、たまったものじゃない。
ナーガの王がこんなひどい目に遭わされているのだから、今後ナーガはもっと優しくされるべきである。そう、私たちもゲームでナーガを目にしたら、敵として倒すのではなく、回復アイテムでも投げ与えて逃げてあげるべきだ。
じゃないと、浮かばれないよ……。
おまけの4コマ
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4コマ作:海野なまこ
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文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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