モンスターたちの{起源/オリジン}第16回:化け猫が行灯の油を舐めるのには、科学的根拠があった!?

2018-09-14 18:00 投稿

TRPGデザイナーにして作家、朱鷺田祐介氏による連載作品集! クトゥルフやファンタジー作品について深い造詣を持つ氏ならではの視点で、ゲーム業界に深く関わる、クトゥルフ神話要素やファンタジー要素を掘り下げて紹介していく。

化け猫の伝説

今回の連載で取り上げるのは化け猫。これまでの西洋スタンスから一気に和テイストになって「なんか違う」と思う人もいるかもしれないが、化け猫は、日本由来のモンスターの中でもトップスターと言える存在だ。狐の妖怪である玉藻御前と並んで、歌舞伎の題材となり、映画にもなっているのだから!

まぁ日本に住んでいたらどこかしらで化け猫には触れていると思うので、いまさら化け猫の説明をするまでもないと思うが、念のため、それがどのような存在なのか確認をしておこう。

ズバリ、化け猫は猫が妖力を持って人に化けられるようになったものである。年を取った猫が妖力を持つという話は日本各地にあるので、これを耳にしたことのある人は多いことだろう。

たとえば“寺で飼われていた踊りが好きな年寄り猫が、若い女性に化けて踊りに加わるが、バレてしまったため、寺の和尚に恩返しをして姿を消す”という民話もある。これもまた化け猫だ。

ちなみに化け猫と並び立つ存在である猫モンスター“猫又”は、化け猫伝承の“年を取ると”という部分が強調されたもので、年を取って尾がふたつ以上に分かれたものを猫又と呼ぶ。

化け猫怪談

しかし、化け猫という存在は知っていても、それが活躍する話というのはピンと来ていないかもしれないので、代表的な怪談話も紹介しておこう。

化け猫で有名な話と言えば、江戸時代の“鍋島の化け猫騒動”だろう。

これは戦国時代、九州肥前国佐賀藩の藩主・鍋島家によって、龍造寺家の主人が謀殺され、それを受けて母親も自害。母親の血をなめた猫が、恨みを受け継いで化け猫になったという話である。この化け猫は、若い女性に化けて鍋島家に入り込み、さまざまな怪異を引き起こして鍋島を苦しめるが、やがて、勇猛な武士によって倒されたとされている。

この話は、もともと鍋島家と龍造寺家を襲った一連の不幸から生まれた噂でしかなかったのだが、伝聞を重ねていくうちに怪談話となり、講談や歌舞伎となった話である。

しかし、ただの噂話をあなどることはできない。江戸で歌舞伎や講談、はては落語の題材になったことで、化け猫の恐怖は加速したのだ。

加速した結果、どのようなイメージが付いたかというと……女性に化けて人を食い、踊り、宙を飛んで火を吐くというものだ。話に尾ひれはひれがついて、えらいことになってる! っていうか、“女性に化けて”の部分以外全部オリジナルだ!

犬は怪談に不向き過ぎて……

しかし、ネコといえば現代では超人気のスーパーカワイイ生き物で、日々SNSを賑わせている存在だ。いくら化け猫という噂が残っていたとは言え、それで怪談のテーマとなるのは、いささか腑に落ちないところがある。

江戸初期、歌舞伎に登場する怪異としては、まず、大陸渡来の狐の怪物“玉藻御前”が有名であったが、まぁ人というのはつねに新しいものを望むものである。怪談話にも新しいものを望んだ結果、化け猫という話が歌舞伎の怪談話に抜擢されたのである。

そう、ポイントは「なぜここで、ネコという存在が抜擢されたのか?」だ。答えは簡単。犬は怖くないから。それだけである。江戸時代も100年をすぎると、江戸の街は100万都市となり、江戸の住民たちは、さっぱり野外の動物と縁がなくなってしまった。当時の江戸の町中で見るのは、誰かが飼っている犬と猫ばかりだったのだ。

しかし、犬は微塵も怖さがない。飼い主に忠実で、また愛想もよい。見ず知らずの人相手でも、尻尾を降って近づき、愛嬌を振りまく始末である。

まぁ、怪談のネタには向かないわな。だって、かわいいだけだもん。

では一方ネコはというと、人に飼われてはいるものの、勝手気ままに家を出入りし、どことなく得体のしれないところがある。それに、そもそもが夜行性の食肉動物で、昼間は寝転んでいるが、夜になると目を光らせてどこかに入り込み、ネズミを殺して食う一面も持つ。

かわいい振りして残虐に小動物を狩り、食い殺す。身を潜めて小鳥に忍び寄る。この二面性が感じさせる恐ろしさが、怪談として最適であり、化け猫が怪談話と採用されるようになったのである。

化け猫はなぜ、行灯の油を舐めるのか?

さて化け猫と言えば、ふと2本足で立ち上がり、行灯の油を舐めるという話が有名だ。行灯の油を舐めるなど、まさしく化物といった行動だが……なんとこのアクション、江戸時代で現実に目撃されたこと事実であるという。

まず2本足で立つという話だが、これはネコを飼っている人ならばそれを目撃したことがあるだろう。ヤツらは2本足で立ってめっちゃ伸びてくる。

そもそも、木登りも得意な猫類は、地上を走ることに特化した犬類に比べて体が柔軟で後半身がしっかりしており、短い時間なら2本足で立ち上がって、両方の前足を振るうことができるのだそうだ。

そして行灯の油を舐めることも動物学的に必要な行動だったと言われている。江戸時代、環境が整備された都市部では、その影響により野生生物は姿を消してしまった。ネコにとっては、獲物であるネズミや小鳥以外は消えてしまったのだ。

また、ペットとして飼われていたネコは、飼い主の食事の残飯を与えられるようになるが、江戸時代の食事は肉なし、魚少し、お米たくさん、野菜(漬物など)たくさんという状態で、肉食の猫にはあまり向いたものではない。

つまり、当時江戸に住んでいたネコたちは、腹いっぱいに食える環境はあったけれど、動物性蛋白質やら脂質やらが不足していたというわけだ。食肉動物のはずなのに、それは致命的だろう。その栄養不足を補うべく、ネコたちが目をつけたのが、行灯の油である。

江戸時代の行灯は、油を入れた皿に灯心をつけ、火を灯した外側を、障子のように和紙と木枠で囲むという照明器具である。明かりのもとになる油は本来、菜種油がよいとされるが、これは米より高い高級品で、一般家庭では、イワシを肥料にする際に、絞った鰯油などの魚油を使っていた。

ここで、魚の匂いに惹かれたネコが、油を舐めて脂肪分やタンパク質を補ったという説である。そして行灯は床より一段高いため、必然的に油を舐めようとすると、猫は2本足で立たねばならなかったのだ。謎解決!

いまとなっては、こうして謎を紐解いていくこともできるが、当時はそのような知識がなかったため、2本足で立って行灯の油を舐めている様子が奇怪に見えたのだろう。そうして化け猫というモンスターが生まれたというわけだ。

「犬は怖くないしなぁ」という理由で白羽の矢を立てられ、ちょっと栄養不足を補ってるところを盗み見られただけで、モンスター扱いされるとは。なんか不運だな……。これからは、ちょっとネコに優しくしようと思う。

おまけの4コマ

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(C) 海野なまこ All Rights Reserved.

4コマ作:海野なまこ

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文:朱鷺田祐介

【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】

TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。

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