モンスターたちの{起源/オリジン}第15回:ワルプルギスは魔法少女ではなく聖女だった
2018-09-06 18:00 投稿
ワルプルギスは魔法少女ならぬ聖女
“ワルプルギスの夜”。
ドイツでは毎年4月30日の夜になると、魔女たちがブロッケン山まで飛んできて、悪魔や魔王を信仰する儀式を行っていたという。いわゆる魔女の祝宴、サバトである。この夜は、魔女たちが魔法の杖に乗って夜空を飛び交うため、野外に出てはいけないとされている……。
こういう話を聞くと、どうしても「この夜の名前になっている“ワルプルギス”は、どれほど恐ろしい怪物であろうか?」という疑問が生まれるだろう。だが、ここで語られているワルプルギスの正体は、なんとキリスト教の聖女の名前なのだ。
具体的には、ワルプルギスとは8世紀にイングランドからやってきた尼僧で、兄とともにドイツにキリスト教を広めた女性だという。またドイツに初めて尼僧院を建てた人物でもあるそうだ。正式には聖ワルプルガと呼ばれ、ドイツでは伝説の聖女として信仰されている。
すごい立派な人じゃないか。
しかし、このような立派な聖女がなぜ魔女のような扱いを受けることになったのだろう……?
その謎を解き明かすために、まずはワルプルギスという聖女本人の歴史を紐解くことにしよう。ということで、今回は“ワルプルギスの夜”というフレーズで、ゲームファン諸兄、アニメファン諸兄にもなじみある、ワルプルギスを掘り下げてみよう。
聖ワルプルガは癒やしの王女様
魔女として扱われるようになった経緯よりもまず、この聖ワルプルガがどんな人物だったのかに触れていこう。
聖ワルプルガは、イングランドに生まれた信仰の厚い一家の末娘。イングランドのアングロサクソン7王国のひとつ、ウェセックス王国の王女だったとも言われている。つまるところ、貴族の娘だったようである。
彼女がキリスト教の尼僧となった背景には、ふたりの兄からの影響が強くあったとされる。ふたりの兄は熱心なキリスト教信者であり、ローマ聖地巡礼を行う際、末娘であるワルプルガを修道院に預けてローマへと学びの旅に出たそうだ。つまりワルプルギスは修道院で育ったと言っても過言ではないのかもしれない。
そこからいくばくかの時が流れ、ローマでキリスト教を学んだふたりの兄は、ドイツで布教に携わっていた聖ボニフェウスの招待に応える形で、ドイツへ布教に向かうことになる。このとき、ワルプルガもドイツ行きに同行することになり、ドイツでの活動が始まったそうだ。
こうして、ワルプルガは兄たちとともに修道院を作り、兄たちの死後も院長としてドイツの修道士を育てていたのである。そんなワルプルガは、フランクフルトの修道院で医学を学んでいたこともあり、その技術で多くの人々を救ったとも言われている。
しかし当時はまだキリスト教があまり普及しておらず、ドイツの人々の多くはオーディンやトールと言った古いゲルマン・ケルトの神々を信仰していた。キリスト教からしてみれば異教、邪教であり、それを信仰している民は異教徒であり邪教徒であったはずだ。
しかしワルプルガが差し伸べる救いの手は、そういった信仰対象の違いを越えて多くの人に渡ったという。そういった優しさがあってだろう、ワルプルガは人々からの信仰を集める存在となったそうだ。
その後、ワルプルガは西暦779年2月25日に没するも、彼女を埋葬した墓からは、癒やしの力を持つ聖なる油が湧き出したと言われている。
ワルプルガは、死してなお人を癒やす、まさしく聖女然とした存在だったわけだ。
ワルプルギスの夜はただのどんちゃん騒ぎ
しかし、そうなってくると、これがどうして魔女のような扱いになってしまったのか、本当に不思議である。ちなみに、“ワルプルギスの夜”と呼ばれている日は、4月30日。彼女の没日でもなんでもない。
この日が“ワルプルギスの夜”とされているのは、翌5月1日が聖ワルプルガの祝日と制定されているからである。なぜこの日が祝日として制定されたかには諸説あり、彼女が正式に聖女として列せられた日とも、また彼女の聖遺物が兄由来の修道院に移された日とも言われている。
当時のヨーロッパでは、1日は“前日の夜”から始まるので、5月1日が祝日とされていた場合、4月30日の夜からはもう祝日なのだ。これは、祝日の前夜が“イヴ”と称されていることからも理解してもらえるだろう。ちなみに、当時はこのイヴという時間は、往々にしてどんちゃん騒ぎになっていたという。
つまり、“ワルプルギスの夜”というのは聖ワルプルギスの祝日イヴであり、どんちゃん騒ぎをしてその日を祝っていただけなのだ。
またこの夜が、魔女の宴が行わている夜だと勘違いされた理由はほかにもある。それは、この5月1日という日が、夏の始まりを祝うケルトの祭“ベルテーン祭”の日であったからだとされている。
つまり当時の現地人、キリスト教で言うところの異教徒たちは“ワルプルギスの夜”というものが語られる遥か以前から、この日にどんちゃん騒ぎをしていたということだ。
当時、異教を邪教と認定し、その存在を排そうとなかなかに過激だったキリスト教が、この異教徒のどんちゃん騒ぎを魔女の宴として取り立てたというのは想像にやすい。
このように異教徒の宴を行っていた日にワルプルギスの夜が重なってしまったため、ワルプルギスの夜=魔女の宴、サバトというイメージとなってしまったのだろう。聖女からしてみれば不本意極まりない話に違いない。
おまけの4コマ
4コマ作:海野なまこ
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文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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