ゼロから始める“クトゥルフ神話” 第5回:クトゥルフ 水底に封じられ、夢見る邪神

2018-04-26 19:00 投稿

神話名ともなった邪神、クトゥルフ

さて今回は、神話の名前にもなっているクトゥルフ(Cthulhu)について説明しよう。

神話の名にも冠されているクトゥルフとは、もともとは1928年に『ウィアード・テイルズ』誌で発表された、H・P・ラヴクラフトのホラー中編小説『クトゥルフの呼び声』で登場した邪神。

本連載のメインイラストでも使用させてもらっている緑色のタコのような、それでいて触手が口ひげのようになった頭部を持つ、人めいた姿の怪物。これもまた、邪神クトゥルフのイメージイラストである。

Cthulhu
Title: Cthulhu by BeyonderGodOmnipotent

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

▲この作品は クリエイティブ・コモンズ 表示 – 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

小説『クトゥルフの呼び声』

邪神としてのクトゥルフを語るには、クトゥルフが初めて登場した小説『クトゥルフの呼び声』に触れておかねばならないだろう。なので、まずは簡単に本著のあらすじを紹介しておこう。

この作品は、フランシス・ウェイランド・サーストンという人物の一人称で語られ、描かれる物語である。

【『クトゥルフの呼び声』のあらすじ】

“私”は大おじであり、言語学者で古代の碑文の権威であったジョージ・ガメル・エンジェル教授が急逝したため、遺産相続人兼遺言執行人として、教授の残した資料を整理することになる。

その遺品の中には鍵のかかった書類箱があり、それを開けて見ると、そこには、若き芸術家ウィルコックスが謎の夢を見て作った奇妙な浅浮彫(レリーフ)をはじめとする資料や書類、メモなどが入っていた。

ウィルコックスはある日、巨大な異形の都市に潜む存在を夢見てそれを作り、その悪夢の真相を知るために、古代の碑文の専門家であるエンジェル教授を訪ねたのだ。最初は一笑に付した教授であったが、彼の見せた浅浮彫と、彼が夢の中で聞いたという謎の言葉「クトゥルフ・フタグン」が教授の過去の記憶とつながり、教授を広範な調査へと駆り立てていく。

過去の記憶とは、数年前考古学学会に、ニューオリンズのルグラース警視正が持ち込んだ謎の小さな彫像であった。それはニューオリンズの沼沢地の奥に潜む、邪悪なヴードゥー系のカルト集団を捕らえた際に没収した神像であるが、それはウィルコックスの浅浮彫と酷似しており、ルグラースによれば、その邪教徒たちはクトゥルフなる邪神を崇め、「クトゥルフ・フタグン」という言葉を含む祈りの言葉を口にしたというのだ。

ウィルコックスの浅浮彫の件とルグラース警視正が持ち込んだ謎の彫像の話などから、人類が繁栄する以前の地球に飛来し、その後、太平洋海底のルルイエに眠る謎の存在クトゥルフを神として崇めるクトゥルフ教団の存在を読み取った“私”は、それを他人の目に触れないようにした。

しかしある日、“私”は偶然目にした新聞記事から、あの日太平洋の真ん中で奇妙な出来事が起こっていたことに気付いてしまう。そして“私”は事件の真相を求めて、太平洋での事件の目撃者である船乗りグスタフ・ヨハンセンを訪ねる旅に出るのであった。

死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり

邪神として語られることの多いクトゥルフだが、もともとはいまから3億5千年ほど前、宇宙の彼方にある“暗黒星ゾス”から眷属とともに飛来し、ムー大陸を支配した宇宙的生物という設定である。

クトゥルフの肉体は、我々の肉体とは全く異なる物質(?)で構成されており、星辰の配置が正しい時代は強力無比で、みずから宇宙を飛翔するほどの力を発揮する。

かつては強大な力を誇ったクトゥルフであったが、星辰が正しき位置から外れるにつれてその力を失い、彼らの都市であり奇妙で悍ましい巨大な石造建築物に満ちた古代都市、ルルイエが水没するとともに、彼らは太平洋の深海で眠りについたのだ。

しかしクトゥルフという存在は死んだわけでなく、現在も夢見るように眠り、復活の時を待っているという。そしてクトゥルフが目覚めるようなことがあれば、人類が支配する時代は終わるとされている。

クトゥルフ教団の伝える祈りの言葉は、この状態にあるクトゥルフを指す。

Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah‘nagl fhtagn
(ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん)

(ルルイエの館にて、死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり)

悪夢から生み出されたクトゥルフ

『H・P・ラヴクラフト大事典』などで知られるラヴクラフト研究者のS・T・ヨシによると、『クトゥルフの呼び声』の誕生には、いろいろな要因が絡み合っているという。

まず内容から言えば、『クトゥルフの呼び声』(1928年発表)はラヴクラフトの商業デビュー作であり、最初のクトゥルフ神話作品とされる『ダゴン』(執筆は1917年初夏、1922年発表)の徹底的な改作となっている。これは、『クトゥルフの呼び声』の第3部と『ダゴン』が非常によく似ていることからも明確である。

また、この作品の誕生にラヴクラフト自身の夢体験が強く影響したことも分かっている。

ラヴクラフトの書簡によれば、『クトゥルフの呼び声』のプロットは、1925年8月に書き上げられたが、“備忘録の記事#25”には、1919年年末から1920年1月にかけてのどこかで、この作品の原点となる夢を見たという。

その夢の中では、ある男性が作った浅浮彫を博物館に持ち込み、引取を願う。対応した学芸員は最初拒絶するが、男性は「これはエジプトやバビロニアのものより古い」と主張し食い下がる。そこで、浅浮彫を見た学芸員は恐怖の表情を浮かべ、彼の名前を問う。現代の名前ではなく、古代以前の名前を。

ラヴクラフトは夢のインスピレーションを大事にする作家であり、この夢こそが『クトゥルフの呼び声』の第1部、ウィルコックスの浅浮彫の場面を形成することになっている。

また、その後ラヴクラフトが読んだギ・ド・モーパッサンの『オルラ』、アーサー・マッケンの『黒い石印の話』、エイブラハム・メリットの『ムーン・プール』といった書籍なども、創作に影響を与えたという。

拡大するクトゥルフの悪夢

こうして誕生した『クトゥルフの呼び声』は、切れ切れの情報が寄り集まることで、超古代から存在する邪神の恐怖が明らかになっていく様子を見事に描き出した作品となった。そして、邪神クトゥルフという存在は、その後も他作品に継承されていく。

まず、クトゥルフとルルイエは、ラヴクラフトおよび神話作家の作品の多くをクトゥルフ神話とつなぐキーワードとして、しばしば言及されるようになった。また、ラヴクラフトが生み出した架空の魔道書『ネクロノミコン』からの引用部分によく登場する名称になった。

さらに、辺境の港町を舞台にしたラヴクラフトの傑作ホラー『インスマスを覆う影』でも、クトゥルフの眷属ダゴンの影響下にある邪教“ダゴン秘儀教団”を通じてその存在は語られている。

この作品では、クトゥルフ信仰が支配する町の住民たちがクトゥルフに仕える海棲種族“深きもの(ディープ・ワン)”と交わり、異形の存在に変容する恐怖を描いている。人が鰓や水かきを持つ異形の存在に変容していく物語の衝撃は大きく、その後の神話作家たちが好んで描く題材のひとつとなった。

こちらの著作が、映画『大アマゾンの半魚人』に影響を与えたのではないかという説もあるが、先行する小説アーヴィン・S・コップの『魚頭』が存在し、双方ともこの影響下にあると言えるので、従兄弟のような関係かもしれないと、筆者は考えている。

また、ラヴクラフト作品とハリウッド怪物映画の双方を愛するギレルモ・デル・トロ監督の映画『シェイプ・オブ・ウォーター』は双方の流れを見事に取り入れた作品と言えるだろう。

このように、ラヴクラフトの死後も、クトゥルフの存在はクトゥルフ神話の中心にあり、神話作家たちがそれを描き続けているのだ。

たとえば、ラヴクラフトの作品を収集し、死後合作を多々書いたオーガスト・ダーレスは連作『永劫の探究』で、クトゥルフの復活を恐れたラヴァン・シュリュズベリイ博士が米軍を動かし、ルルイエに核兵器を打ち込むという一幕を描いている。ちなみに、作中では核兵器を使ってもなお、邪神を滅ぼすことは叶っていない。

また映画『サイコ』の原作者として知られるホラー作家ロバート・ブロックの『アーカム計画』では、クトゥルフの復活と戦う人類の最終計画が描かれる作品となっている。

クトゥルフは、タコのような頭部、海底の都市ルルイエに眠っていること、半魚人というべき眷属“深きもの(ディープ・ワン)”に崇拝されている、海から来たシュメールの文明神ダゴン(旧約聖書で敵の神として登場)と同一視されるという点などから、水属性の邪神と見なされる事が多い。

またオーガスト・ダーレスが作中でしばしば四元素説に邪神を組み込んでおり、クトゥルフを水属性として扱いもするが、ラヴクラフト自身の作品では、(HPL自身の海産物嫌悪の影響は受けているものの)クトゥルフはそこまで水に限定した存在ではなく、海底に封じられたまま、ウィルコックスら世界中の芸術家たちに奇妙な夢を見せたように、夢の神という側面が強い。

クトゥルフ神話TRPGへ

クトゥルフ神話の誕生はラヴクラフトの作家生活の時代(1922 – 37)であるが、その後、オーガスト・ダーレスらによって書き継がれ、ユニークな恐怖神話として知られていく。近代にこれが再燃した背景には、1970年代にペーパーバックで復刻されたことが大きな転機であると考えられている。

そしてその人気を受け、1981年、ケイオシアム社によってクトゥルフ神話をもとにしたRPG『Call of Cthulhu』(以下、『COC』)が制作された。

RPG(ロールプレイング・ゲーム)は1974年の『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D)に始まるアナログゲームの一形態で、プレイヤーは自分の分身となるキャラクターを作成し、冒険の物語を楽しむというものである。

『D&D』は大人気を博し、当時、誕生したばかりの個人用コンピューターで無限に『D&D』を遊びたいと思った大学生ロバート・ウッドヘッドが作ったのが、デジタルなRPGの元祖『ウィザードリィ』である。

日本では、デジタルRPGの普及が先行したため、『D&D』などのアナログなRPGは、TRPG(テーブルトークRPG)という日本独自の呼称で呼ばれるようになる。

クトゥルフ神話のTRPGである『COC』が『クトゥルフの呼び声』というタイトルで翻訳され、ホビージャパン社で翻訳発売されたのが1986年。

この作品は『D&D』などのヒロイックなファンタジーRPGとは異なり、ホラーと対峙する冒険として、“正気度”という数値が設定され、クトゥルフ神話の小説の主人公のように狂気に墜ちてしまう様子が再現されていたことで大人気を博した。このころ、『COC』を遊んだ人々が、現在のブームの基礎を支える作品の作り手に成長している。

その後1990年代に発売が途切れたものの、2004年にエンターブレイン(現在はKADOKAWAの一部)から『クトゥルフ神話TRPG』として『COC』の第6版が翻訳発売された。

以降、地道なサポートが継続し、TRPG業界では定番作品のひとつとなっていったが、2010年ごろから、テレビアニメ『這い寄れニャル子さん』などの影響で露出が増え、ニコニコ動画でのブレイクを経て、従来のゲーマーとは異なるファンが大量に参入するようになった。

そして現状、TRPG=クトゥルフと一般で認識されるほど、クトゥルフは大きな牽引力を示している。その理由としては、充実した基礎、分かりやすい題材、知名度、おもしろい導入的な作品群などが挙げられるだろう。

いずれにせよ、クトゥルフ神話はラヴクラフト『ダゴン』から数えて100年を越え、日本では、定番化した。『ゆるるふ』のようなゆるキャラ化されたクトゥルフ像、あるいは『姉なるもの。』のようなクトゥルフ神話の邪神の萌えキャラ化も登場し、クトゥルフは日本のサブカルチャー全般に浸透しつつあるのだ。

いあいあ!

文:朱鷺田祐介

【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】

TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。

 
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