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ゼロから始める“クトゥルフ神話” 第4回:姉なるものと黄金の蜂蜜酒

2018-04-19 18:00 投稿

お酒と姉とクトゥルフと

2018年の日本のサブカル業界において、クトゥルフ神話というタームは、非常に大きな存在となり、その影響力は、連載第1回にも記した通り、スマートフォンゲーム業界にも波及している。

ラヴクラフトが『ダゴン』を書いてから101年、海を渡り、日本にクトゥルフ神話が伝わって50年以上経過し、小説のみならず、漫画、ゲーム、映像などの分野に広がり、クトゥルフ神話をテーマに掲げた造形イベントが開催されることすらある。

Cthulhu
Title: Cthulhu by BeyonderGodOmnipotent

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

▲この作品は クリエイティブ・コモンズ 表示 – 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

ここでは、そんな動きを見せるクトゥルフが巻き起こしている、いくつかのトレンドとなるキーワードを紹介していこう。

“***なるもの” それは恐怖を掻き立てる言霊。

クトゥルフ神話には「***なるもの」という言霊がある。

これは、もともとは欧米の文学における動詞由来の名詞(***er:***をするもの)で表される二つ名を翻訳時に、あえてそのまま用いた表現で、その不自然さからホラー小説、とくにラヴクラフト作品の翻訳にマッチし、クトゥルフ神話などの翻訳で一般化した表現である。

たとえば、これに類する訳で著名なものに邪神・ニャルラトホテプの存在がある。

ニャルラトホテプは、アニメ『這いよれ!ニャル子さん』でも有名な二つ名這い寄る混沌(The Crawling Chaosというもののほかに、上述の名詞をそのまま飜訳した二つ名闇をさまようもの(Dweller in the Darkness夜に吠えるもの(Hawler in the Darkなども持っている。

昔は、この流れをうまく利用しようと、なんとか訳を補ったものである。

ちなみに、『Fate/Grand Order』に最近登場した“イヴァン雷帝(Иван Грозный)”は“峻厳なるイヴァン”という意味で、英語で“Ivan the Terrible”というが、恐ろしさを込めてイワン雷帝(現在はイヴァンになりつつある)と訳された。クトゥルフ神話的に訳せは「峻厳なるものイヴァン」とでもなろう。

……という導入を記したところで、今回の本題へと移ろう。今回本題となるのは、現在コミックスが2巻まで発売されている『姉なるもの』(飯田ぽち。著)。本作の表紙に、いかにかわいい巨乳のお姉さんが表紙に描かれていようとも、もはや「~なるもの」と記されたそのタイトルだけで、クトゥルフ愛好者は心臓を恐怖でわしづかみにされてしまうのである。

それは姉にして姉にあらず

姉なるもの書影
▲飯田ぽち。『姉なるもの』 電撃コミックスNEXT(KADOKAWA)

『姉なるもの』公式サイトはこちら

今回の本題となる『姉なるもの』の物語はこうだ。

両親を失い、親族のあいだでたらい回しにされてきた少年、夕(ゆう)は、田舎で隠遁する叔父の家にたどり着く。何か秘密を持つ叔父は突然、倒れ、入院してしまう。保険証を探すため、入るなと言われていた古い蔵に踏み込んだ夕は、その地下で「千の仔孕む森の黒山羊」と名乗る異形の美女と出会う。

「あなたの大事なものと引き換えに、望むままを与えましょう」

そういう彼女に対して、夕は「姉になってほしい」と願う。

姉になることを快諾した異形の美女は人の形を取り、千夜(ちよ)と名乗り、ほかに誰もいない田舎の家で、少年と暮らし始める。

そうして、姉なるものと少年の夏が始まった。

本作は、人ならぬ邪神とのほのかな思い出の夏を描くもので、もともとは18禁の同人誌で連載されていたエロティックでセンシティブなラブストーリーを商業化、一般向けマンガとしてまとめたものである。作中にはクトゥルフ神話ネタやホラー要素もあるが、あくまでも、穏やかな日々の中で、少年と姉なるものの日々の描写を楽しむものとなっている。

どちらかと言えば、人外姉(姉のような何か)だからこそ得られる一時の夢のような物語であろう。

邪神ゆえに、人間界のことを知らない千夜とともに、いっしょに食事を作ったり、洗濯物を締まったり、耳かきをしてもらったり。エロティックさとピュアさの混じった千夜の言動にドギマギしつつ、夏休みの夕方の静かな風景に思いを馳せてほしい。

ちなみに、この千夜の正体、“千の仔孕む森の黒山羊”は、“シュブ=ニグラス”と発音されることも多い大地女神の系譜を表現する女性型の邪神である。古代の非人類文明や地下世界で広く信仰されており、獣のような姿の女神の原型とされている。

『姉なるもの』は、ある意味日本的なクトゥルフ神話物語であると思われる。21世紀クトゥルフ神話ライトノベルを代表する『這いよれ!ニャル子さん』が、ラヴコメ(ラヴクラフト・コメディ)であったように、日本的な寓話性と姉萌えエロを融合し、『遠野物語』的なニュアンスと少年ドラマの物語を組み込んだ傑作と言えよう。

黄金の蜂蜜酒

さて、『姉なるもの』は、Twitter上で配信されているが、18話において、千夜がお酒に酔って、夕に甘えるというラブラブ展開があった。ここでさらりと紹介されるのが“蜂蜜酒/ミード”である。

クトゥルフ神話に“黄金の蜂蜜酒(Space Mead)”というアイテムがある。オーガスト・ダーレスが描く『永劫の探索』シリーズに登場するもので、クトゥルフを追うオカルト学者ラバン・シュリュズベリイ教授が助手として雇った主人公に飲ませたものだ。

その結果、主人公は夢の中で地球上のさまざまな場所を訪れられるようになり、やがて迫り来る邪神の使徒の追跡を逃れるため、主人公は夜空にプレアデス星団セラエノのかかる頃、残された黄金の蜂蜜酒を飲み、石の笛を吹き、邪神ハスターの眷属ビヤーキーを呼び出す呪文を唱えたのだ。

「いあ! いあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ! あい! あい! はすたあ!」

黄金の蜂蜜酒は飲んだ者に幻視の力を与えるとともに、星間宇宙を旅する力を与える。これは古代の秘密の酒とされるが、作中、“旧神”のものとも言う。黄金色をし、馥郁たる香りと味を持ち、酒精が強いという。

こちらは、青心社の『暗黒神話大系クトゥルー』第2巻にシリーズがまとめられているので、これをぜひ読んでほしい。

『FGO』のお正月イベントで登場したアイテムはこれを原典としたものである。

そして『姉なるもの』では、かような特殊なアイテムである蜂蜜酒を、千夜が料理酒代わりになめてしまい、邪神だというのに酔っ払って、デレデレになってしまうというストーリーが描かれるのだ。

黄金の蜂蜜酒とはいかなるものか?

日本ではほとんど飲まれていないが、蜂蜜酒(ミード:Mead)は世界最古の酒で、ワインやビールが入ってくる前のヨーロッパではもっとも一般的な酒だった。

その名前の通り、蜂蜜に水を加えて発酵させることで出来る醸造酒で、ビールや日本酒などの醸造に必要な穀物生産が発達する前からよく飲まれていた。そのため、古代神話に登場することが多く、ダーレスは古代の秘儀の象徴としたのである。

ギリシアでは、蜜酒(ネクタル)ともいい、ギリシアの神々がよく飲んでいた。たとえば、ゼウスやディオニュソスは蜂蜜で育てられたし、神託の三女神と呼ばれるトリアイは蜜蜂の化身である。『ヘルメス讃歌』によれば、彼女らは「黄金色の蜂蜜を味わうとき、彼女らは忘我の境地に入って快く真実を予言する」という。

アイルランド人では、蜂蜜酒を不死の霊薬と見なし、神聖視していた。彼らはケルト由来のサウィン祭のときに、みんなで蜂蜜酒を飲んで酔い、霊的な交流を行って共同体の絆を強めた。

古代アイルランドでは、王は神聖な存在であったため、失脚した際には敬意を持って、王を蜂蜜酒で溺死させることが定められていた。これをアド・アパレス(祖先のもとに送る)という。アイルランドの神話的な英雄ク・ホリンもまた、蜂蜜酒を愛飲したと言う。

北欧でも、オーディンやトール(ソー)などの神々が愛飲し、蜂蜜酒は神聖な酒とされた。ヴァイキングが死後向かう英雄の宮殿ヴァルハラには、蜂蜜の河が流れているとも言われるが、これはおそらく蜂蜜酒のことで、貴重な蜂蜜酒がいつでも飲めるという。

北欧神話の初期を伝える文書群“エッダ”に登場する蜂蜜酒“クヴァシル”は、北欧神話における叡智の酒である。北欧神話では、アサ神族とヴァン神族が争っていたが、ついには和解することになる。このとき、双方の神々はひとつの壺に唾を吐き、それを使ってひとりの人間を作り上げた。このひとりの人間こそがクヴァシルであり、件の酒の語源となった。

クヴァシルは最高の叡智を持ち、世界を旅して回って多くの経験を得たが、ある日、黒小人たちに殺されてしまい、その血は蜂蜜に混ぜられ、蜂蜜酒となった。この蜂蜜酒を舐めた者は誰でも詩人になれると言う。

ちなみに、世界的に人気のRPG『スカイリム』で描写される蜂蜜酒のイメージは、こうした北欧神話から出てきたものである。

蜂蜜酒は、現在でも欧米を中心に世界各地で醸造されており、日本国内にも輸入されている。21世紀に入ってから日本酒の酒蔵がミードの醸造に取り組むことがあり、ついに、今年3月には日本ミード協会が設立された。

『姉なるもの』18話で千夜が飲んだのも、国産蜂蜜酒である福島県“奥の松酒造”の蜂蜜酒“ハニール”である。(※)

はちみつのお酒“ハニール”について詳しく知りたい方はこちら

かく言う筆者(朱鷺田)も、今年の3月に行ったラヴクラフト関係イベント“邪神忌”に合わせて、“黄金の蜂蜜酒”を製作いたしました。実際には、永代橋のたもとにあるゲームバー“アインプロージット”とのコラボで、同店の姉妹店であるビール工房“永代ブルーイング”が醸造してくれたものです。

醸造にあたり、私のミード友だちで、カリフォルニアUCデイヴィスでミード醸造を学んだ、Wicked Way Meadのミード・マイスター、エリックがレシピ作成と醸造技術を担当してくれました。

黄金の蜂蜜酒1
▲醸造:Eitai Brewing x Wicked Way Mead、label artwork by Eldred Tjie

このように、クトゥルフ神話は、ホラー小説を中心にしつつも、そのジャンルやテーマ、形態すら越えて、我々ゲーマーの周囲に具現化しつつあるのです。

※:公式には記載されていない情報で、朱鷺田氏個人が持つ知見からの判断となります。

余談:蜂蜜酒を飲みたい場合

蜂蜜酒輸入の最大手 ミール・ミイ(京都 金市商店)

ミール・ミイ公式ホームページはこちら

Amazonでも扱っていますが、ほとんどはミール・ミイさんが流通させているものです。

その他、都市部の場合、ボードゲーム・バーなどで蜂蜜酒を扱っている場合があります。筆者のわかる範囲で言いますと、品揃えでは、東京飯田橋のゲームバー“グリュック”が最高でしょう。

ゲームバー“グリュック”公式ホームページはこちら

(C) IIDA POCHI

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文:朱鷺田祐介

【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】

TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。

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