モンスターたちの{起源/オリジン}第3回:ゴブリンとオークは同じもの!?

2018-06-07 18:00 投稿

TRPGデザイナーにして作家、朱鷺田祐介氏による連載作品集! クトゥルフやファンタジー作品について深い造詣を持つ氏ならではの視点で、ゲーム業界に深く関わる、クトゥルフ神話要素やファンタジー要素を掘り下げて紹介していく。

偉大なる作家・トールキンの影響力

モンスターたちの{起源/オリジン}をたどる旅には、どうしても通らなくてはならないポイントがいくつかある。そのひとつが、現代のファンタジーに大きな影響を与えた創作物の数々。

それらは神話伝承をもととした怪物や妖精、神々や悪魔、奇妙な種族に新たな姿を与え、ときには、完全に新しい怪物を生み出すこともあった。モンスターとしての{起源/オリジン}を考える場合は、やはりただ神話伝承に触れるだけでなく、それを現在の姿に変化させた創作物を取り上げておくべきだろう。

その中でもとくに、ファンタジーに登場する怪物や種族のイメージに影響を与えた重要な創作物のひとつとして挙げられるのが、映画でもおなじみとなった、J・R・R・トールキンの『指輪物語』と『ホビット』である。

言わずもがな、『ロード・オブ・ザ・リング』と『ホビット』の原作となった作品である。

トールキンは、英国のオックスフォード大学で文献学研究を専門とする大学教授であったが、ゲルマン神話やケルト神話に傾倒し、やがてみずから幻想物語を書くようになる。ある日、学生の試験を採点中にとある文章を思いつき、白紙の回答用紙にこう書き出したのだ。

「地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました」

ここから『ホビット』の物語が誕生。最初はあくまでも、息子のために語っていた物語だったのだが、完成後に出版をしてみると、これが大好評! それを受けて、トールキンは本格的な続編『指輪物語』を書くことになる。

文献学者であり、ゲルマン神話やケルト神話に通じていたトールキンは、その知識を駆使して、詳細な世界設定を作り上げ、物語に織り込んだ。そこには、世界の歴史や地形から世界創造の神話、文化、はては、会話できるほど詳細に設定されたエルフの言語まで含まれていた。

『指輪物語』はその緻密な世界設定と壮大な物語によって、多くの熱烈なファンを生み出し、その影響下に多くの創作物が生まれた。中でも、後のゲームに大きな影響を与える最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は、『指輪物語』におけるファンタジー種族やモンスターたちの設定を大きく取り入れている。

こうして、ファンタジーゲームの常連となったエルフ、ドワーフ、オークなど多くのファンタジー・モンスターたちが、トールキンによる改変を受けて現代、知られる姿となったわけだ。

ゴブリンとオーク

さて『指輪物語』が持つ影響力を、いまも明確に伝えるのが、ゴブリンとオークというふたつのファンタジー・モンスターの種族である。

ゴブリンはトールキン以前から存在する神話伝承の妖魔の一種で、オークはトールキンが生み出した種族であるが、『ホビット』と『指輪物語』において、この2つの種族は同じものとされたのである。

まずゴブリンは、『ホビット』で主人公たちを狙う冥王サウロンの手先として登場。主人公の仲間であるドワーフたちの敵対種族としても描かれた。

ゴブリンは元来、昔から信じられていた小型の妖魔で、妖精の一種とも言われる。伝承ではいたずら好きであったり、子どもをさらったりといった悪事を働くという話こそあるものの、また同時に軒下に住み着いて家事を手伝ったりする一面も持ち合わせていた。

こういった定義が主流ではあるが、小鬼と訳されることも多く、性格のよくない地下の小人とされ、コボルトやドワーフを指すこともある。

しかし『ホビット』では、暗黒の王の手先となり、人間やエルフ、ドワーフと敵対して戦争をする宿敵となっている。魔狼ワーグの背に乗って地を駆ける凶暴な戦士であるその様からは、とても臆病な小鬼がもとになっているとは思えない。

その後、『指輪物語』では、ゴブリンはオークという名前で呼ばれるようになる。もはやサイズとしても、小鬼ではなく、ほとんど人間と変わらない。

ちなみにオーク(Orc)の名の由来は、樫の木(Ork)ではなく、トールキンの造語から生まれたものだと言われているが、トールキン研究者は、アングロサクソン語の“オルナケア(歩く死体)”が語源であり、指輪の王の奴隷となった存在を指すともいう考察を披露している。

これはトールキンが愛した叙事詩『ベオウルフ』に登場する悪霊(Orceas)から出た言葉でもあり、この言葉は、ラテン語の地獄(Orcus)とも関連し、“貪り食らう者”という意味を持つ。

オークの誕生

『指輪物語』の後も、オークにはトールキン・オリジナルの設定が加えられ、ゴブリンから分化していく。

『指輪物語』の後、トールキン自身がこの世界の神話時代を綴った『シルマリルの物語』で、オークの誕生が語られた。

第一紀、邪悪なメルコール(後の冥王モルゴス)はエルフのクェンディ族のものたちを罠にかけて捕らえてウトゥムノの坑に投獄、緩慢かつ残忍な手口で堕落させ、奴隷にした。

こうしてメルコールは、エルフのまがい物であるおぞましいオーク族を生み出したのである。その後、メルコールは囚われてしまうが、オークたちは地の底で繁殖し、このおぞましいエルフのまがい物どもは、残忍で狡猾、野蛮にして卑劣な生き物として、その後、モルゴスやサウロンに仕え、ドワーフやエルフと戦い続けることになるのだ。

トールキンは、ある愛読者への手紙の中で、暗黒の王には、生命の創造は不可能で、昔からいた種族を作り変えて堕落させてしまうことしか出来なかったと延べている。モルゴスが神のような力を持っていても、あくまでも創造者にはなれず、邪悪な類似物であるというのが、トールキンの世界観であったのだ。

その結果、物語の悪役に仕える忌まわしい種族は、伝承にある小鬼=ゴブリンから、邪悪な人造の悪鬼の種族オークへと進化していったのである。

現在の豚のような顔をしたオークは、この『指輪物語』の姿を受けて、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に取り込まれた段階で確定した。こうしてさらなる悪役化を果たしたオークたちは、21世紀の日本で猛威をふるうことになったのだ。

このように、トールキンが現在のファンタジー世界にもたらした影響は非常に大きい。そして、その影響力から生まれたモンスターたちは、いまやゲームやファンタジーに慣れ親しみのない人たちにまで、ひとつの常識として根付いている。そう考えると、氏が残した影響力というものが、いかに計り知れない強さを持っているのか実感できるだろう。

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文:朱鷺田祐介

【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】

TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。

 
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