モンスターたちの{起源/オリジン}第2回:ゾンビの起源“ヴードゥーからロメロ系まで”
2018-05-31 18:00 投稿
歴史の中でねじれていく怪物像
RPGなどに多々登場するモンスターたち。彼らはどこから生まれたのか? 本連載はその{起源/オリジン}を辿る物語である。
一部、前話からのくり返しとなるが、RPGなどのゲームに登場するモンスターたちは、神話伝承、あるいは、特定の宗教や魔法の様式などを{起源/オリジン}とするものが非常に多い。
そして、ものによってはさまざまな歴史的背景や宗教観から、変容を遂げてモンスター/怪物となったものもいる。
たとえば悪魔アスタロスがいい例となるだろう。悪魔アスタロスは悪魔学にも登場する階位の高い悪魔であるが、その起源はメソポタミアの豊穣の女神イシュタルであるという説がある。これは、ユダヤ民族がかつてイシュタルを信仰する国々に弾圧されていたことに由来しているようだ。
このように、とある地域や民族からは神とされている存在も、その地域と敵対している者からは悪魔として取り扱われることもある。そして、そういった立場の逆転は時が経つにつれて曖昧になったり、また一方としての存在が忘れ去られたり、さらにはそれらが混同されて伝わることもある。
今回ここで取り扱うゾンビ(Zombie)も、さまざまなイメージが組み合わさって生まれた怪物のひとつだが、しかしその中でも数奇な運命を辿っていると言っても過言ではないだろう。では、そのゾンビの起源を辿っていこう。
多段階なゾンビの{起源/オリジン}
現在ゾンビという怪物が持つイメージ、その{起源/オリジン}はおおよそ3つの要素が重なりあって生まれている。アフリカの精霊信仰、ヴードゥー教、そしてロメロ映画である。
しかし若干この点複雑なので、まずは簡単にその流れをさらおう。まずアフリカの精霊信仰でンザンビが語源となり、ヴードゥー教におけるゾンビ・パウダーの物語があり、その呪術性の高まったものがハイチでゾンビ伝説を生み、この伝説がアメリカに伝わり、恐怖の存在となっていった、という具合だ。
そうしてゾンビが“動く死体”として知られるようになった後、現在のようなゾンビ像が定着したのは、ジョージ・A・ロメロ監督の映画『ゾンビ』によってである。風刺的な意味合いの強いスプラッター・ホラー映画のスプラッターの部分が独り歩きし、ゾンビ映画ブームが生まれ、現在でも多数のゾンビ系モンスターが多々生まれている。
彼らはもはやヴードゥー教とはまったく関係なく、謎のゾンビウイルスで動く怪物になりつつある。『バイオハザード』などのゾンビ退治ゲームもそのイメージ強化に一役買っていると言えるだろう。
これらの経緯から、ゾンビに関しては、“ロメロ以前/以降”という大きな時代区分があるが、本稿ではこれに加えて、“アフリカ時代”、“ヴードゥー教の成立”を加えておきたい。
中部西アフリカの精霊たち
まず、ヴードゥー教の原型にはアフリカの精霊信仰がある。アフリカ、特に、黒人奴隷の出荷の中心となった中部西アフリカ、現在のコンゴ、ナイジェリア、ニジェール、トーゴ、ブルキナファソなどの地域は水も豊かで緑の多い地域で、多数の王国が栄え、そこには、精霊を信仰する呪術的な信仰があった。
ゾンビの語源になったと思われる“ンザンビ”は、コンゴの古い神の種族を指す言葉であったが、その神々はいなくなってしまい、オバケや化物を指す言葉になってしまった。一部では、水辺の蛇の精霊を意味する言葉とも言う。
このンザンビという言葉は、コンゴ王国の繁栄に従って中部アフリカの広範に広がり、奴隷貿易に伴ってカリブ海にも伝わった。
この言葉については、『怪談』の作者である小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、来日以前に著した作品『仏領西インド諸島の二年間』で言及している。それによると、アフリカ人奴隷たちの間でのゾンビという言葉はおばけや幽霊に近い意味合いを持っており、ゾンビは万聖節には普通の人間に戻り、故郷へ帰っていくという話がなされている。
ヴードゥーの成立
このように、アフリカにあった神話においては、怪物やおばけに近いニュアンスだったゾンビ。これがなぜ、生ける死体、動く死体というイメージとなり、世界中に広まっていったのだろうか?
その契機となったのが、黒人奴隷制である。奴隷制によって、コンゴ系だけでなく、多くの民族、部族がハイチやアメリカ南部、ニュー・オリンズなどに連れてこられた。
場合によっては敵対もしていた部族同士ですら奴隷という立場に一括りにされ、彼らが持つ豊富な神話群と歌や音楽、踊りなどの豊かな文化もまた、それによって一緒くたとなっていく。
そして、表向きは主人である白人たちのキリスト教に改宗させられたが、仲間の中ではそれぞれの文化が継承され、やがて、コンゴ系のシャーマニズム、ヨルバ系の精霊信仰、キリスト教の民間信仰(含む聖人伝説)が融合し、奇妙な混交宗派が出来上がっていった。
この混合宗教の有名なもののひとつが、ハイチやニュー・オリンズに土着したヴードゥー教である。
生ける屍を作る“ゾンビ・パウダー”は実在した!?
ゾンビが生ける死体と呼ばれるようになったのは、ハイチが発祥とされている。ハイチには、ヴードゥー教の神官(司祭)であるウンガンとマンボの他に、ボコと呼ばれる呪術師がおり、彼らは死者を蘇らせ、操ると言われている。
この甦った死体をゾンビと呼び、これがアメリカ人ジャーナリストによりセンセーショナルに伝えられ、後の歩く死体伝説につながっていったのだ。
しかし、檀原照和『ヴードゥー大全アフロ民俗の世界』によれば、これらは本当に死者を蘇らせている訳ではなく、アフリカ由来の秘薬を用いた懲罰なのだという。ヴードゥー教を信じるコミュニティでは、コミュニティへの反逆者や犯罪者に対して、フグ毒・テトロドトキシンを主成分とする毒薬を用いる。
この毒は、致死性の高いものであるが、適切な処方ができれば、与えられたものを仮死状態にして一時的に呼吸や心拍を止めたまま、生かしたままに出来る。そのため、埋葬してそれほど立たない内に掘り起こし、適切な解毒薬を与えれば、息を吹き返すのだ。
しかし、脳の前頭葉はその間酸欠によってダメージを追ってしまうため、息を吹き返しても、生きてはいるが明確な思考の出来ない状態になってしまう。
かくして生まれる、抵抗する意識も持たないゾンビは、共同体の奴隷として田畑での労働に用いられたのだ。なお、この秘薬はナイジェリアの少数民族から伝わったとされている。
ともあれ、こうしてゾンビは生まれ、20世紀初頭にアメリカに伝わり、邪教ヴードゥー教のイメージを知らしめたのである。
ちなみに、これを題材とする初のゾンビ映画『ホワイトゾンビ』(1932、日本公開時は『恐怖城』)というホラー映画が制作されたが、それほどのヒットには結びつかなかった。
ロメロ・ゾンビの衝撃
ジョージ・A・ロメロ監督は、1968年に、死者が蘇り無作為に人を襲うというホラー映画『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』を製作した。
予算も少なく、舞台のほとんどが郊外の一軒家とその周辺というチープな映画であったが、不気味なゾンビの姿、噛まれた人がゾンビ化して襲ってくるという恐怖、人を食う人型の怪物の存在、文明世界が崩壊していくという黙示録的な世界観などは、コアなファン層を獲得した。
そして1976年、ロメロは原点に戻り、映画『ゾンビ』を製作。ゾンビの大量発生によって崩壊する都市から逃げ出し、郊外のスーパーマーケットに立てこもった男女がゾンビやギャングと血まみれの戦いやサバイバルを強いられるという作品である。
ゾンビ映画というとスプラッター的な側面が強調されがちであるが、世界崩壊、死者の復活という事件は、黙示録、最後の審判という宗教的な世界観を持つホワイト・アメリカンにとって、深い意味合いを持つものであり、この作品は映画の歴史だけでなく、ゾンビの受け取り方そのものに決定的な存在となった。
現在、我々がゲームの中で見ているゾンビ像の原点はまさに、ロメロ映画のゾンビの後継者なのである。
おまけの4コマ
4コマ作:海野なまこ
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文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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