ゼロから始める“クトゥルフ神話” 第3回:作家たちの饗宴
2018-04-12 18:00 投稿
広がるクトゥルフ神話
ラヴクラフト(HPL)が死んだ後も、クトゥルフ神話は続き、さまざまな作家がクトゥルフ神話を世に送り出し続けてきた。ラヴクラフトが最初の神話作品『ダゴン』を書いたのが1917年とされているので、クトゥルフ神話はおよそ100年という歴史を持ち、いまもなお新作が作られ続けている神話作品なのである。
では、どんな作家たちがどんなクトゥルフ神話を書いていったのだろうか? ここではその一片を紹介しよう。中には、クトゥルフ神話という言葉を知らない人でも知っている作家もいるので、そこも注目してほしい。
ロバート・E・ハワード
アーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化された『コナン・ザ・グレート』(1982年公開)などを始め『英雄コナン』シリーズで有名な作家。
テキサス在住であったため、ラヴクラフトと直接の面識はないが、生前の文通相手であったハワード。ラヴクラフトに影響を受け、ホラー作品『黒の碑』、『大地の妖蛆』などを著した。クトゥルフ神話の魔道書“無名祭祀書”はハワードが創造したもの。
オーガスト・ダーレス
ウィスコンシン州在住の作家。若くしてデビューし、ホラーやミステリー、郷土小説など多くの作品を残したが、デビューのころ、ラヴクラフトの作品や評論に感銘を受け、彼と文通を始めている。
ラヴクラフトが存命のころよりクトゥルフ神話作品を書き始め、いずれ故郷にラヴクラフトを招待しようと考えていたが、その想いが果たされることはなかった。
ラヴクラフトの死後、その作品を世に知らしめるために、ドナルド・ワンドレイとともに出版社アーカム・ハウスを作り、ラヴクラフトや同時代の作家たちの作品を刊行するとともに、みずからも神話作品を書き続け、友人の作家たちにも神話作品を書くように助言した。
『永劫の探求』、『風とともに歩む者』など多数の神話作品に加えて、ラヴクラフトの遺稿や創作メモをもとにした死後合作も行っている。“黄金の蜂蜜酒”がクトゥルフ神話のアイテムになったのは、ダーレスの『永劫の探求』から。
クトゥルフ神話に登場する架空の書物“屍食教典儀”の作者として設定されているダレット卿は、彼の名前にちなんで付けられている。
フランク・ベルナップ・ロング
ラヴクラフトの結婚後、ニューヨークに住んでいたころに付き合いがあった、ケイレム・クラブに所属する若手作家。ラヴクラフトと親交を深め、魔道書“ネクロノミコン”を自分の作品に登場させて、クトゥルフ神話作品を書いた。神話生物・ティンダロスの猟犬を生み出した人物でもある。
クラーク・アシュトン・スミス
カリフォルニア州在住の詩人、彫刻家、作家。ラヴクラフトはスミスの詩に感銘を受けてファンレターを送り、そこから文通が始まった。
文通の中でスミスはラヴクラフトに幻想小説を薦められ、そこからファンタジーやホラーにも手を染め始める。スミスが創作した邪神ツァトゥグアを、ラヴクラフトがみずからの作品にも出演させたことで、スミスのファンタジー世界とクトゥルフ神話世界がつながっていった。『七つの呪い』など古代世界を舞台にした作品が多い。
ゼリア・ビショップ、ヘイゼル・ヒールドなど
ラヴクラフトは生活のために、代筆や添削を行っていた。稀代のマジシャン、ハリー・フーディニ名義で出版された短編小説『ファラオとともに幽閉されて』は、代筆作品としてもっとも有名なものである。
このほか、ゼリア・ビショップの『イグの呪い』や、ヘイゼル・ヒールドの『永劫より』なども、実質的にはラヴクラフトの作品と言っても過言ではない。ラヴクラフトはこれらの作品で、添削と称してほぼ自分のプロットで書き下ろし、しばしばクトゥルフ神話要素を混ぜ込んだりもしている。
ロバート・ブロック
映画化された『サイコ』(1960年公開、監督:アルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコック)を筆頭に、ショッキングなホラー作品で名高い作家。若かりし折、『ウィアード・テイルズ』を購読してラヴクラフトにファンレターを送り、文通を始め、後に作家デビューするという経緯を持つ。
ニャルラトホテプを題材に取り上げたものを始め、数多くの神話作品を書いた。ラヴクラフトをイメージした人物を作中に登場させて殺す許可を本人に求め快諾されるも、その後ラヴクラフトの遺作となった『闇をさまようもの』で、今度はブロックをモデルにした若手作家がニャルラトホテプの化身に殺されるという、微笑ましい(?)やり取りもあったという。
ラヴクラフトの死後しばらくは、クトゥルフ神話から遠ざかっていたが、邪神クトゥルフの復活を描く『アーカム計画』で復帰した。
コリン・ウィルソン
『アウトサイダー』で知られるイギリスの文学評論家。
評論でラヴクラフトに触れたことからオーガスト・ダーレスとの交流が始まり、その影響から独自のスタンスで『精神寄生体』、『ロイガーの復活』など神話作品を執筆。クトゥルフ神話に登場する架空の魔道書“ネクロノミコン”を実際にでっち上げてしまうというお遊びを演じた。
ラムジー・キャンベル
クトゥルフ作家第2世代を代表する英国のホラー作家。
出版社アーカム・ハウスにクトゥルフ神話を書きたいと手紙で相談をした折、オーガスト・ダーレスから「オリジナル設定で書きなさい」と助言を受け、地元イングランドにゆかりの土地を題材に作品を執筆。オリジナルの邪神として、グラーキやアイホートを生み出した。
ブライアン・ラムレイ
こちらも第2世代を代表する英国のホラー作家。アーカム・ハウスでデビューした後、イギリス諜報部に属したこともある魔術師“タイタス・クロウ”を主人公にしたシリーズ小説を展開した。ラヴクラフトの幻夢境を舞台にしたシリーズもある。
クトゥーニアンなど、クトゥルフ神話の邪神や眷属を冒険譚に組み込み、最終的にスペースオペラ的な展開へと持ち込んだ。クトゥルフの娘クティラの設定を作ったのもラムレイである。
水木しげる
日本を代表する妖怪漫画家。『ダンウィッチの怪』を翻案した長編マンガ作品『地底の足音』を描いている。
栗本薫
『グイン・サーガ』などのヒロイック・ファンタジーから、ミステリーやホラーまで多くの作品を手掛けた女流作家。
『グイン・サーガ』にもクトゥルフの要素が混じっていたが、彼女が書いたクトゥルフ作品としての代表作はカドカワ・ノベルズでシリーズ化した『魔界水滸伝』。こちらの作品は、クトゥルフ神話の邪神対日本妖怪連合軍の激闘を描いた、栗本版『デビルマン』とも呼べる作品で、日本国内におけるクトゥルフ神話の知名度を一気に上昇させるものとなった。
菊地秀行
『吸血鬼ハンターD』、『魔界都市新宿』などの伝奇アクションやホラーで有名な作家。初期からクトゥルフ神話作品にも手を染め、『妖神グルメ』など多数の作品を発表している。
ホラー・マニアであり、クトゥルフ神話好きが高じて、プロヴィデンスを訪れたこともある。最近はクトゥルフ神話と第二次大戦を組み合わせた『邪神艦隊』などを執筆。
朝松健
ホラー、ジュヴナイル、時代小説などで活躍する作家。国書刊行会の編集者として、『真ク・リトル・リトル神話大系』などにも関わっており、自作のクトゥルフ神話作品として『逆宇宙ハンターズ』、『崑央の女王』、『弧の増殖』、『肝盗村奇譚』、『邪神帝国』などがある。
室町時代の名僧、一休を主人公にした歴史伝奇を何作も書いており、その中にもクトゥルフ神話作品がいくつか存在する。
虚淵玄
ニトロプラス所属のシナリオライター/小説家。神話要素の強い『沙耶の唄』のシナリオ、『斬魔大聖デモンベイン』の監修を務める。
小説『Fate/Zero』でも、キャスターであるジル・ド・レェに、クトゥルフ神話の魔道書“螺湮城教本”(ルルイエ異本)を与え、クトゥルフ的な海魔を召喚せしめた。
さて、ここまで駆け足でラヴクラフトの友人たちから第2世代作家、日本にクトゥルフ神話を広げた人々を紹介してきたが、これはあくまで、氷山の一角に過ぎない。誰もが創作に参加できるという“クトゥルフ神話”の特性上、プロアマ含めればその作品は膨大な数に上るからだ。
もしクトゥルフの片鱗に触れたいというのであれば、その窓口は大きく広げられているので、自分好みの一作を見つけてみるといいだろう。
文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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