モンスターたちの{起源/オリジン}第5回:マーで始まるメイドさん
2018-06-28 18:00 投稿
マーで始まるメイドさん
モンスターと呼ぶにはかわいいらしい存在ではあるが、今回はマーメイド、人魚の起源を辿ってみよう。
人魚と言えば、上半身が人間の女性で、下半身が魚の存在として、世界中に伝説が残っているそれである。
このマーメイドの語源はさっぱりしているので、もうこの時点で発表してしまおう。マーは海、メイドは未婚の女性という意味を持っているので、訳すると “海の乙女”という感じだろう。
ちなみに男性はマーマン、種族全体はマーフォークというが、伝説の出てくるものの多くは、若く美しい女性の姿をしたマーメイドである。
人魚=ジュゴン説はもう古い!?
マーメイドの{起源/オリジン}にはいくつかの説がある。
第一の説は、とても有名なものなので、これは多くの人が知っていることだろう。そう、ジュゴンやマナティーなどの海牛類をモデルにしているという説だ。
この説は、海牛類の後ろ足部分がヒレになっている一方で、上半身が非常に柔軟で、やや豊かな傾向であること。そして、しばしば海岸の岩場に寝そべる姿や、海上に顔を出す姿のシルエットが、裸の女性を思わせることが起因しているとされる。
ちなみに、この説を日本に広めたのは、日本の博物学の開祖というべき学者・南方熊楠(みなかた くまぐず)氏。
余談だが、氏はこの人魚=ジュゴン説を広げると同時に、「南のほうではジュゴンをとらえて食べる習慣があるが、食べる前にジュゴンに対してXXXをする」という、ちょっと余計なことまで書いてしまう奇人変人としても知られている。
アラヤダ!
しかしながら、ジュゴンやマナティーは熱帯の海に住む生き物で、日本では沖縄近海が北限となり、大西洋だとアフリカあたりまで降らなければ存在しない。そもそも、日本では目撃することが難しいのである。
では、なぜ日本でも“人魚”という存在が知られ、歴史に名を刻み語り継がれて来たのだろうか? これは、“人魚はアザラシ、アシカなどの鰭脚類(ききゃくるい)が、この人魚のモデルであるという説が説明してくれる。
タマちゃん、ウタちゃん、あらちゃん。数年前、日本の河川にアザラシが訪れて一大ムーブメントになったことを覚えているは、どれだけいるのかはわからないが、日本でもアザラシは意外と目撃出来るものなのだ。
いやしかし、アザラシ=人魚というにはちょっと無理があるような……。では本当のところ起源はどこにあるのだろう?
マーメイドは、いろいろな意味でモンスター界のアイドル
話を振っておいて出落ちで申し訳ないが、じつは上で語った人魚=海獣起源説は、いまではあまり信憑性がないと言われている。
もともと、海岸の地域には、海の中に住む人々や妖精、怪物の伝説が多く、沿岸に漂着した外国人を人魚と呼んだり、あるいは、巨大な魚を怪物に見立てたりしていた。
そんな中、後の人魚業界(?)に大きな影響を与える物語が生まれた。アンデルセンの童話『人魚姫』である。このストーリーについては、いまさら確認するまでもないことと思われるので割愛するが、じつはこの『人魚姫』も、とある作品に大きな影響を受けて生まれた作品だとされている。
その『人魚姫』に多大な影響を与えたものこそ、ギリシア神話の叙事詩『オデュッセイア』であり、またそこに登場する海の魔物セイレンである。
セイレンとは、トロイ戦争の後、神の怒りで地中海をさまよう運命になった英雄オデュッセウスと仲間たちが遭遇した怪物で、その歌を聞くと魅了されてしまうという魔の存在である。
そしてその姿は、首から上が人間の女性で、首から下は鳥の姿をしていると言われる。ハーピーなどに近いキメラ型の怪鳥を想像してもらえるとわかりやすいだろう。正直、この時点では人魚のようなセクシーさは微塵もなく、むしろ恐ろしい存在である。
しかしこれが中世以降になり、セイレンは上半身が裸の女性で、下半身が魚の人魚型に変わる。なぜかはわからない。きっと、男のつまらない希望が込められたのだろう。もしくは「海で鳥のバケモノってのも、なんかイマイチだよね」という意見がそうさせたのか……。
ともあれセイレンは半人半魚の怪物となり、また同時に、その姿から色欲を扱う魔物になったのだ。そしてその後、18世紀を過ぎたころから、セイレン(セイレーン)は男を惑わす海の魔女として描かれるようになり、ゲーム世界などにも登場するメジャーな存在となったのである。
初期のイメージでは人気になれなかったものの、露出を増やしたらとたんに爆発的ヒットを遂げた、そういう視点で見ると、さすがはモンスター界のアイドル的存在、マーメイドといった感じだ。
日本の人魚は、食用?
さて、モンスター界のアイドルマーメイドの原点を辿ってみたところで、続いていまいちど日本の人魚について考えてみよう。
日本における人魚は、じつは平安時代からその記録が残されている。が、その姿はいまイメージされる人魚の姿とはまったく異なる。なんと、人面魚や足を持つ怪魚が人魚とされていたのだ。
しかも、記録にはさらに驚きの事実も残されている。なんと、食用とされ美味であるとされているのである。
食べるの!?
人面魚とか、足を生やした怪魚とされているもの、食べてたの!?
すさまじいインパクトを放り込まれたが、これはちょっとした考察をすると答えが出てくる。魚だが、人間のような顔を持ち、四足で歩き回る。つまりは、オオサンショウウオのことではないかと。まぁ、そうなるよね。いや、オオサンショウウオを食べてたことも若干驚きだけれども。
さて、日本の人魚伝説に話を戻そう。くり返すが、人魚伝説は日本中にあった。そしてその多くは、八百比丘尼(やおびくに/はっぴゃくびくに)と一緒に語られている。
八百比丘尼とは、日本の伝承に残る、人魚の肉を食べて不老不死、または人知を超えた長寿となった尼のことである。この人魚の肉というキーワードがあるため、ともに語られることの多い存在なのだが……。
やっぱり食べてますね! 怪魚の肉を!
話戻せなかったね! ともあれ伝説の八百比丘尼は、それをそれと知らず口にしたという話になっているので、意図的に謎肉を口にしたようではないようだ。
もう、ぶっちゃけてしまおう。日本では昔、人魚といえば、食用だったのだ。それも、とってもおいしい長寿効果もある素敵なお肉。
海外のように妖艶な姿で人を魅了したりといったモンスター要素など、微塵もない。ただただ食用! 魚大好きな日本人ならではのストーリーと言えばそうかもしれないが、なにかこう、味気ない気がしないでもない。いや、おいしいって記録はあるから、味はいいんだろうけども。
ちなみに、日本国内でただの食用レア肉だった人魚が、いまのようなイメージとなったのは、江戸時代になるという。
文献によれば、江戸時代に蘭学者がオランダの書物を翻訳した際、そこに出ていた西洋風のマーメイドの姿を書き写して日本人に紹介したのだそうだ。その影響、インパクトは凄まじかったようで、江戸中期以降に描かれる人魚は上半身が女性、下半身が魚となっている。
果たしてこのマーメイドが、かねてよりあった人魚というワードとどの時点で結び付いたのかはわからないが、こうして日本でも人魚はマーメイドの姿を手に入れたというわけだ。いちゲームファンとして心底思う。「蘭学者よ、よくやった」と!
もしそういった時代の動きがなければ、いまでも私たち日本人は、あの美しいモンスターのことを知らず「人魚ってアレでしょ? 気持ち悪いけどめっちゃ回復するアイテムでしょ?」という認識になっていたかもしれない。
おまけの4コマ
4コマ作:海野なまこ
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文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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