ゼロから始める“クトゥルフ神話” 第8回:名状しがたい怪異たち
2018-05-17 18:00 投稿
クトゥルフ入門最終回
さて、クトゥルフ神話入門的な本連載も、今回を持って最終回である。クトゥルフ神話の話は、まだ、紹介していないものもいろいろあるのだが、キリがないので、ここで一旦終了となる。
Title: Cthulhu by BeyonderGodOmnipotent |
より詳しくクトゥルフ神話に触れたいという場合は、拙著『クトゥルフ神話ガイドブック』をお求めいただくか、実物のクトゥルフ神話作品をとにかくお読みいただければ幸いである。いや、本当におもしろいから。
また、現状日本国内でアクセスできる商業レベルのクトゥルフ神話作品に関しては森瀬繚氏の『All Over the Cthulhu』が2018年春の段階で網羅しているので、参考にされたい。まあ、ラヴクラフトなどの小説から始めるのがおすすめであるが、そこは自由だ。
神性を持たない悍ましき(おぞましき)ものたち
さて今回は、クトゥルフ神話に登場する怪異たちを紹介していく。
これまで邪神の代表として、クトゥルフとニャルラトホテプを紹介したが、クトゥルフ神話には、そうした神ばかりではなく、邪神の眷属、あるいは異形の怪物、あるいはエイリアンなどの、さまざまな怪異が存在する。
どうしてこのようなことになっているかというと、その始祖というべきラヴクラフトが、20世紀初頭のパルプ雑誌ブームの中で、さまざまな作品を書いたからだ。
たとえば、『宇宙からの色』は、隕石が落下した後に起こった謎の事件であるし、『パシフィック・リム』、『シェイプ・オブ・ウォーター』のデル・トロ監督が映画化を熱望している『狂気の山脈にて』は、南極探検隊が謎の超古代文明の残滓を発見する話だ。
その他、『死体蘇生者ハーバート・ウエスト』や『冷気』、『彼方より』のようなマッドサイエンティストものがいくつもある一方で、『魔女の家の夢』や『チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件』などセイラムの魔女話を現代に引き込んだ魔女物語を書いている。
初期には、英国文学に傾倒し、『白い帆船』や『ウルタールの猫』などロード・ダンセイニに似た異世界ファンタジーの短編をいくつも書いた。
これらはすべて“神話作品”と呼ばれるもので、クトゥルフ神話に属する作品群である。
こうして多くの神話作品がさまざまなテイストで書かれたため、クトゥルフ神話そのものが非常に多彩な側面を持つことになった。後継作家の作品も、そのどこに接続しているかで、ホラー、SF、ファンタジーのいずれの領域に近いかが変わってくる。
名状しがたいもの
ラヴクラフトが目指したものは、ホラーの新境地開拓であった。
アマチュア時代、批評をよくした彼は、そのプライドから言っても、吸血鬼などの手垢のついた既存の怪物を使いたくはなかったのだ。
そのため、怪物が出現するものの、それがどういう名前を持っているかなど語られない場合も多かった。
『名状しがたいもの』はまさにその典型。墓場と隣接した廃教会に何かがいると聞きつけた恐怖作家とその友人が、怪奇談義をしながら墓場を散策したところ、何かに襲われて終わる。
その存在は触手のような何かであり、作品タイトルから“名状しがたいもの”と呼ばれるが、それが具体的に何なのかはわからない。いや、それでよいのだ。
同様に、ラヴクラフトは『ダンウィッチの怪』で、邪神ヨグ=ソトースが生み出した落とし子を登場させたが、地球上の生物をいくつも混ぜて、触手をはやしたような姿をしており、じつに悍ましい姿をしているという。
クトゥルフ神話と言えば、触手というイメージが強いが、それは、このようにいくつもの作品で、恐怖の具現化例として触手を用いたからだと言えよう。
深きもの(ディープ・ワン)とインスマウスの堕落した住民たち
ラヴクラフトの『インスマウスを覆う影』に登場する“深きもの”は、クトゥルフに従う眷属で、魚や蛙に似た水棲人類である。彼らは『ダゴン』に登場した魚頭の巨大な怪物をそのまま人間サイズにしたもので、どうやら、寿命で死ぬことがなく、長生きするほどに巨大化するようだ。
寂れた漁港であるインスマウスでは、太平洋で活動していたマーシュ船長がダゴン信仰を持ち込み、深きものとの混血が進んだ。その結果、インスマウスの住民たちは、年をとるほどに、深きものに似た醜い姿へと変わっていき、鰓や水かきを持つ水棲生物へと変わっていく。
人ならぬものへの変化という恐怖を体現する“深きもの”は、辺境ホラーとしてのクトゥルフ神話の典型的な話のひとつとなり、さまざまな神話作品に登場するようになる。
古のもの:南極に眠る超古代種族
ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』は、1920年代の南極探検ブームを反映した作品で、ミスカトニック大学南極探検隊が南極で遭遇する謎の超古代種族が“古のもの”である。
彼らは五角形の頭部をした植物に近い種族で、何十億年も前に地球に飛来し、南極を中心としたさまざまな地域に文明を築いた。
彼らはみずから宇宙を飛翔でき、深海の水圧にも耐えるほどの強靭さを持っていたが、文明を築く上での労働力として、軟体状で、自在に体の形を変えられる人造生命体ショゴスを作り出し、彼らを使役した。
彼らはバイオテクノロジーに長けており、ショゴス以外にも地球上の多くの生物を生み出したが、その後、ある悲劇によって彼らは滅亡へと向かうことになる。
ミ=ゴ:ユゴス星より来る菌類エイリアン
ラヴクラフトの『闇に囁くもの』に登場するミ=ゴは、ユゴス星から飛来したエイリアンである。外見は昆虫めいた部分があるものの、本質的には菌類だという。
彼らはジュラ紀に飛来して以来、地球の北半球の各地で、地下資源の採掘を行っている。人類を支配するようなつもりはないが、その存在を隠蔽するべく、暗躍する。宇宙を旅するほどの高度な科学力を持っており、一説には人間の脳を取り出し、特殊な缶に入れて運ぶとも言われている。
フリッツ・ライバー『アーカムそして星の世界へ』では、人類に対して比較的友好的とも言われ、ある人物の脳は彼らによって取り出され、宇宙に旅立ったと言及されることになる。
食屍鬼(グール):地下に潜む人食いの種族
神話作品において、古来の神話伝承の背後には、クトゥルフ神話的な秘密が隠されているという図式がある。前述の深きものやクトゥルフの場合、沿岸地域でしばしば信仰される魚頭の神や深海の神は、太古から続くクトゥルフ信仰の残滓だというものである。
もともと、アラビア半島の悪鬼の伝説に由来するグールは、世界各地に存在する食屍鬼伝説のことであるが、クトゥルフ神話の世界には実在し、現代では、都市の地下に住んで密かに人を食らっているという。
ラヴクラフト『ピックマンのモデル』では、ボストンの地下に巣食ってひそかに人の死体を漁り、ロバート・B・ジョンソン『遥かな地底で』では、ニューヨークの地下鉄に住み着き、鉄道事故の死体を食べているという。
ティンダロスの猟犬:角度から出現する怪物
ティンダロスの猟犬は、フランク・ベルナップ・ロングが同名作品で生み出したもので、時間の流れを越えて存在する邪悪で穢れた怪物である。
彼らは本来、我々三次元に生きる人類とは無縁の存在であるが、時間を越えて物事を見通す力を得たり、何らかの方法で時間を旅する者がいたりした場合、時間の誕生の前と言われるどこかから現れ、追いかけてくる。
彼らは“角(カド)”から出現するという性質を持っており、たとえ扉を固く閉じていても、どこかに角度がある“角”が残っていれば、そこから出現し、時を越えたものを引き裂いて殺してしまうのだ。
シャンタク鳥:幻夢郷の怪物
ラヴクラフトの『未知なるカダスを夢に求めて』は、夢の国である幻夢郷カダスを舞台にした、ヒロイック・ファンタジーである。
夢見る力を持つランドルフ・カーターが夢の国を縦横無尽に冒険するというもので、シャンタク鳥、夜鬼(ナイトゴーント)レンの蜘蛛、食屍鬼、ドール、ウルタールの猫、ガグ、ムーンビーストなど多彩な怪物が登場する。
シャンタク鳥はその一種で、象よりも大きく、トカゲと馬と鳥が混じったような姿をしている。
想像力の坩堝たるクトゥルフ神話
このようにラヴクラフトとその仲間たち、そして後継作家たちは、多数の怪物を生み出してきた。それらはすべて、恐怖の追求のためである。
“悍ましい”という言葉を神話作品では用いるが、斬新な恐怖を描くためであれば、なんでも許されるのがクトゥルフ神話である。
読者諸氏も、みずからのセンスで新たな恐怖を生み出し、それをこの神話大系に加えさせてみてほしい。
文:朱鷺田祐介
【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】
TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。
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