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スクエニ安藤ブログ“スマゲ★革命 シーズン2” 第七回 「奇跡の対談 第2章 物語性の大切さ」

2013-06-12 14:00 投稿

●どんなゲームでも物語性は重要

▲店内に飾られていた『FL機動戦士ガンダム』に夢中のおふたり

 

第六回から全3回掲載でスタートした安藤氏と『僕たちのゲーム史』(星海社)の筆者・さやわか氏による、この奇跡の対談。前回はさやわか氏の著書『僕たちのゲーム史』にフォーカスを当てながら、これまでのゲームの歴史を振り返ってきた。今回の対談では、安藤氏がかねてからその重要性を唱えつづけたきた、“物語性”というテーマを軸に、昨今のソーシャルゲームの話から不朽の名作(?)『マインドシーカー』についてまで、よりディープな対談へと変貌を遂げる!

 

[関連リンク]
第六回 「奇跡の対談 第1章 『僕たちのゲーム史』著者が語る”ゲーム”とは」

 

【まとめ】スクエニプロデューサー安藤 武博氏のブログ“スマゲ★革命”

 

安藤 この本を読むことで、改めてゲーム作りに対する推進力が生まれた部分があるんです。それは、物語性がいかに大事かという話です。僕は、これまで家庭用ゲームやMMORPG、ブラウザゲームなどを経てスマートフォンゲーム作りに流れ着いてきました。一通りのゲームは当事者として作ってきたからこそ、現在のソシャゲやスマゲが特に人の真似ばかりになっているという事実を現場で直接感じています。この状況を打開するために「今後どうしたら真似にならないものが作れるのか?」というのを、一緒に戦っているプロデューサー連中たちと話し合ったとき、ひとつのキーワードとして「物語性に力を入れる」という答えが、共通して出てきました。ただポチポチしているだけのゲームには物語性はありません。物語性というのは、単純にシナリオを入れるということではなく、シナリオやキャラクター描写などから「プレイヤーの方が中長期に渡って作品に感じ続けることができるドラマやストーリーのこと」です。この物語性がないと、みんなの記憶にずっと残らない。なので、今作っているゲームでは、シナリオやキャラクターなどの世界観を際立たせる部分にも力を入れているところです。

さやわか なるほど。この本には記していませんが、僕がゲームを語る中でよく出てくるワードに「ゲームのトリガーは軽い」というものがありますゲームでは、いくつもの決断や選択を迫られるシーンがありますが、その決断はボタンを押すか押さないかというだけのものなんですよね。その、押すか押さないかというトリガーの軽さがあるからこそ、重要な決断を迫られるときは、深く悩まされることもある。『ドラゴンクエストⅤ』の花嫁選びもそうですよね。どちらかを選ばなければならない。決定ボタンを押すのは簡単だけれども、だからこそ迂闊な選択はできないと人は悩み、それが記憶に深く残る。逆に、現実世界だと、ゲームのようにトリガーが軽いということにはなりません。現実世界での選択にはAかBかという選択肢もありませんし、コミュニケーションなどが発生するので、選択をするのに非常に時間がかかったりしますよね。でも、先ほど言った通りゲームはトリガーが軽い。だからこそ、ゲームは楽しいし、心に残るのだと思います。そういう決断を経験させるものとして、僕もゲームのストーリーは重要であると思っています。

安藤 さやわかさんは、本の中で「コーエーがなぜ歴史シミュレーションの分野で確固たる地位を築いたのか?」ということを書かれていますよね。その中にある「コーエーが産み出した歴史シミュレーションの定義とは?」という考察では、結論として「あたかも、その時代に生まれ変わったかのように振る舞える、物語性があるものが彼らの発明した歴史シミュレーションの定義である」と語られています。それを読んだときに、ものすごい腑に落ちたというか、物語の重要性を改めて痛感できました。スクウェア・エニックスは、どんなタイトルであれ物語が充実したゲームを得意としており、企業理念も「最高の「物語」を提供することで、世界中の人々の幸福に貢献する」としています。昔はこの社風について「RPGだから、単純にシナリオに注力しているのかな」と思っていたのですが、この本を読み、今さやわかさんの話を聞いて、物語性がつむいできたゲームの歴史。ひいては、なにが物語性であり、そのどこが大事なのか? が僕の中で、すべてが納得のいく形に収まりました。ありがとうございます。

さやわか じつは僕も、あの部分を書いているときに初めて納得できたところですね。「そうか、だから三國無双はファンタジーなのか!」と(笑)。それに気づいていない人たちは「なぜコーエーは、歴史をあんなファンタジーにしたのか」が分からないでしょうね。でも、今の話をしたら、コーエーがやりたかったのは物語なんだと、きっとみんな理解してくれると思います。

安藤 僕は、ストーリーには2種類あると思っています。製作者側が用意するストーリーと、プレイヤーがプレイ体験で得るストーリーのふたつですね。この本を読むまでは『無双』シリーズは後者のストーリーが主体なのかなと思っていました。でも、それだけじゃなくコーエー側からもしっかりとストーリーが提供されていて、製作者とプレイヤーのふたつの要素がストーリーをつむいでいるのだと、この本を読んで改めてわかりました。物語性の強さをこういった形で再認識できたのは、すごくいい体験になりました。

さやわか 今の「プレイヤーがプレイ体験内で得るストーリー」というのは、本にも書いてある「プレイヤーが物語の中に入ることによって物語が提供され、プレイヤーは物語を能動的に感じる」という日本のゲームに多いタイプのストーリー性についての話ですよね?  「ごっこ遊び」なんかもその一種ですけれども。じつは、それに関して、この本を書いているときに気づいていたものの、書かなかったことがありまして。本には「『ひぐらしのなく頃に』は、ボタンを押すだけで物語が提供されるシステムなので、その外部にしかゲーム性はない」という話をしているのですが。本当はそうではなく、ボタンを押すという作業を経ることにより、物語への能動的な参加というゲーム性が入っているんですよね。つまりボタンを押すタイミングが重要なんです。これは、ノベルゲームすべてに言えることですが、プレイヤーは、ボタンを押すタイミングを操作することで、キャラクターのセリフや地の文を送るタイミングを調整しているということですね。これによって、プレイヤーたちは物語の主人公と自身をシンクロさせ、物語への能動的な参加を果たしているわけです。それを本当は書きたかったのですが、話がややこしくなるし、ページ数が足りなくて書けませんでした(笑)。

安藤 この本を読んでいると、自分がこれまで持っていたゲームの定義そのものが揺らぎますね(笑)。「なんの駆け引きもない、ただのインプットとアウトプットだと思っていたものでさえも、切り取り方によっては、いまやゲームと呼ばざるを得ない」という考えに変わってくるのはスゴク面白かったです。

●ゲームとは何か?

安藤 最近はソーシャルゲームが流行っており、僕も作っていますが、はじめにビックリしたのが「ゲームを作るうえで、本来省略してはいけないと思われていた部分を省略してしまう」というところです。たとえば、バトルのシステムですよね。通常ならば、そのバトルこそがゲーム性を生み出すものであり、そこが重視されるものなのですが、ソーシャルゲームはボタンをポチッと押すだけで勝ち負けが出てしまう。それどころか、ボタンを押す前から勝敗が決まっている場合が多いと思います(笑)。でも、それが時代の流れならば、それも自分の中で一度肯定しないといけないと思い、そのようなゲームも作りました。でもやっぱり、何か物足りないんですよね。駆け引きや自分が選択したことへのリアクションがないとどうも。なんちゃってでもいいから、行動へのリアクションを感じたい。でも、ゲームの構造をよくわかっていない業界の人がゲーム論を語ると「ゲームとは、つまりはインタラクティブである」だけで終わってしまう。インタラクティブ、つまりは相互作用のあるものがすべてゲームならば、部屋の電気を点けたり消したりするのもゲームになってしまう。でも、そんなの面白くないよね。ということは、『コスティキャンのゲーム論』(※注1)で、はるか昔に語られているところです。ゲームは、インタラクティブでもあるが、その中に駆け引きをはじめとしたデザインを感じられるかどうかというのがあらためて重要だと思います。その点、いかがでしょうか?

さやわか 僕が、この本を執筆する上で意識しているのはウィトゲンシュタイン(※注2)の言語ゲーム論なんです。その根底には「コミュニケーションというものは本来成立していない。お互いがそうなっているように感じるだけだ」という考え方があるんですよ。コンピュータを使ったゲームというのもそれと同じで、突き詰めればプログラムですから、それとプレイヤーの間にコミュニケーションは本来存在しないわけです。しかし、そこに感情に近いやり取りや、駆け引きがあったと錯覚させるようなもの。それがゲームと言えるのだと僕は思っています。それをインタラクティブ性と言うこともできますが、どちらにしてもそれが錯覚であることが重要だと僕は考えています。たとえば、ただサイコロを振っているだけではゲームにはなりませんが、「6出ろ!」と思ってサイコロを振れば、そこには運とかサイコロ自体とか対戦相手との駆け引きが生まれたという錯覚が発生し、ゲームになるわけです。

安藤 その話を聞くと『マインドシーカー 』(※注3)というゲームを思い出しますね。

さやわか あはは(笑)。ありましたね、『マインドシーカー』!(笑)。

安藤 あれ、スゴイ好きなんですよ。中学生のときに友達が買ってきて、クラスでスゴイ流行りましたよ。

さやわか 流行ったんですか!? あれが流行ったという話は今までに聞いたことないですね(笑)。

安藤 それが、流行ったんですよ(笑)。で、あれは超能力育成ゲームなので、みんなでゲーム画面に表示されているカードを透視しようとするんです。でも、まぁ当然失敗しますよね? すると、エスパーキヨタ(※注4)「お前はまだフィールが足りない」と怒られて、「これからフィールのしかたを教えるから真似してみろ」と言われる。フィールというのは一種の呼吸法みたいなことなんですが、それをみんなで真剣に真似して再度チャレンジすると、透視が成功するんですよね。でも、これはただ単に2回目の挑戦は当たるように作られているだけの話で、じつは超能力も何も関係ない(笑)。だから、そこから先に進むには、相当の運が必要になる。もちろんクラスのみんなは次々と諦めていってしまった。でも、最後まで諦めなかったひとりが、ついにクリアーしたんですよ! 最後の最後は、神経衰弱をヒントもなしに一発でクリアーするくらいの運が必要になる。で、そいつに「なんでクリアーできたの?」と聞いたら、ひとこと「おまえらより真剣にフィールし続けたからだ」と(笑)。それって、今考えるとスゴイことですよね。なんちゃってとか、錯覚の究極系ですから。

さやわか スゴイ人がいたもんですね(笑)。プレイヤーとエスパーキヨタの間にコミュニケーションは発生していないどころか、断絶されているものなのに、彼はそこにコミュケーションがあると錯覚して、エスパーキヨタを信じたわけですから、それこそがゲームだと僕は思いますよ。レベルに差はありますが、錯覚という点だけで考えれば、『ドラゴンクエスト』と『マインドシーカー』は同じなわけです。その話を聞いてひとつ思い出しましたが、『MOTHER2』のラスボス戦も錯覚の最たるものですよね。”いのる”のコマンドを選択すると、なんとなくこちらも祈らないといけないような気にさせられますから。でもまさか、『マインドシーカー』がこんなにもいいゲームだとは思いませんでしたよ(笑)。

安藤 めっちゃ盛り上がりますよ! 大人になった今だからこそ、酒を飲みながら遊べば特に盛り上がる(笑)。

さやわか でも、それはみんなで遊ぶからこそ面白いのであって、ひとりでクリアーまでこぎつけた、その彼はスゴイですよ。通信教育で空手やっているのと似たような感じですね(笑)。

安藤 でも、こうやって人と繋がって遊べば、現代に蘇るものもあるのではないかと思わされますね。

さやわか そうですね。ゲームというのは、遊ぶ環境や心境によって名作にも駄作にも化けると思いますよ。

安藤 ですよね? 子供のころ、クラスでこれはクソゲーではないのか? と言われていた『バンゲリングベイ 』も、大人になってから遊ぶと、すごく面白かったりしますからね。話を戻すと、先ほどのなんちゃって感や錯覚などを演出できれば、プレイヤーに直接能動的に触らせなくてもいいというのは、最新のゲームデザインを考える上では大事なのだと、改めて思い知りました。それに、『ファイナルファンタジー』シリーズのアクティブタイムバトルやガンビットなどのシステムを開発した伊藤裕之に『ガーディアン・クルス』の監修をしてもらっていた際に「何もしなくても見ているだけで面白いゲームを作りたい」と言っていたことを思い出しました。いろいろな名システムを開発してきたレジェンドクリエイターですから、システムをこねくり回して作るのが好きな人だと思っていたのですが、「そんなゴチャゴチャやるなんてめんどくさいじゃん? 見ているだけで楽しいなら、それに勝るものはないよ」と語ってくれたんですよ。見ているだけでゲームが成立するのであれば、それでもいいのだと。確かに彼のシステムは、複雑そうに見えても簡単に遊べるようにできている。ソーシャルゲームの省略演出にもある種、納得ができる。この本とあわせて、考えを改めないとなー。とだんだん思うようになってきました。

さやわか ゲーム画面を見ている中で「あれはこうなるんだろうな」、「あ、なった」という体験が連鎖すれば、それがきっと面白さになるんでしょうね。そういう新鮮な驚きが“ゲーム”になるのではないかという思いを込めて書いたので、ゲームクリエイターのみなさんにもぜひ読んでいただきたいですね。

(注1)コスティキャンのゲーム論:アメリカのゲームデザイナー、グレッグ・コスティキャンによって提唱されたゲーム理論。「I Have No Words & I Must Design」(邦訳:ゲームは言葉ではなく、デザインによって作られる)という表題のもと、どうしたらゲームをよりよいものにできるか? ついて論じられた彼のエッセイは、多くのゲームクリエイターたちによって支持された。
(注2)ウィトゲンシュタイン:ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ウィトゲンシュタイン。オーストリア出身の言語哲学者

(注3)マインドシーカー : 1989年、ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)より発売されたファミリーコンピュータ用ゲームソフト。ゲームを通じて超能力を開発するというテーマで作られた、アドベンチャーゲーム。本作を通じて超能力が開発できるかどうかは定かではない。本作をクリアーするには、恐ろしいほどの強運が必要だと言われており、クリアーしたプレイヤーはごく少数であるという。
(注4)エスパーキヨタ:マインドシーカーに登場するキャラクター

●『僕たちのゲーム史』を執筆して気付いたこと

安藤 物語性の話に戻りますが、『大戦略』シリーズを原点とする戦争シミュレーションでも物語性がいかにこのジャンルを発展させてきたかというのは、これまでのヒット作を見てもわかりますよね。ゲームの根幹にまで突き詰めていけば、将棋やチェスの発展形とも言えるこのジャンルに、物語性が加わると、より面白いものになる。『ファイアーエムブレム』は将棋やチェスでいうところのコマにあたるキャラクターたちそれぞれに個性やストーリーが付けられた。それによって、これまでコマの点と点でしか繋がっていなかった戦争シミュレーションが、ストーリーという線で繋がるようになったわけです。これは発明と言えますよね。でも、最初『ファイアーエムブレム』が発売された出たときは、「ゴリゴリのドマニアックなゲームが出てきたなぁ」と思いました。ところがこの硬派と思われていたゲームが男性ゲーマーだけでなく女性にもウケた。女性は物語が大好きで、『ファイアーエムブレム』に関する女性向け同人誌が、当時から次々と出たりコスプレやイベントが流行ったり・・・。いまのコミケのような盛り上がりが20年以上前にも関わらず起きた。そういった面で見ても、やはり物語は時代に関係なく重要なのだと実感させられます。

さやわか  この本では『ファイアーエムブレム』についても語っていますが、ちょっと語りきれなかったところもあって、それは『ファイアーエムブレム』には昔からファンブックがあって、オンリーイベントがあって、それのみの同人誌即売会も開かれているという話ですね。つまり二次創作のようなファン文化が華開いている。それは現代でも変わっていないですよね。だからこそ、そういったニーズがあるということを、任天堂さんはしっかり分かって3DSの『ファイヤーエムブレム 覚醒』を作ったわけで、そういう層を大事にしているところがいいですよね。

安藤 最新作の『ファイヤーエムブレム 覚醒』の追加DLCなどでも、昔のキャラクターと共闘・対戦できるマップがありましたが、「なにが大事なのか、やっぱり分かってるなぁ」と思いますね。もう少し掘り下げてくれても良かったくらい。さやわかさんと話をしていると、本以上にいろいろ気付かされることが多くて面白いです。

さやわか ありがとうございます。実は僕も、本を書いた結果、以前から疑問に思っていたことが理解できたという経験がよくありました。たとえばその中のひとつに「『スペランカー』はなぜあんなにも難しいのか?」という疑問がありましたね。本に書いてある理屈に従ってずばりその答えを言うと、海外の人にとって、洞窟探検とは、まさに危険で大変なものだからなんですね。だからあんなに簡単にゲームオーバーになってしまう、難しいゲームになっている。そう理解できました。海外のゲームにはしばしばあることですけど、決してクソゲーなわけじゃなくて、日本のゲームよりもリアル志向なんですよね。

安藤 なるほど。それが洞窟探検をしたことのない人にはわからないから、ただゲームバランスが取れてないゲームだと捕えられてしまったわけですね。

さやわか そうなんですよ。だから、洞窟探検のリアリズムとしては、非常にバランスが取れたゲームなんだと思います。なぜあのようなバランスになっているのかというのがなんとなく分かったので、この本を執筆してよかったですね。

 

“物語性”というテーマを軸にさまざまなお話がされた第2回。いかがでしたでしょうか? ついに次回で最終回! 最後は昨今の”スマゲ”についてがっつりお話していただいているのでお楽しみに!

 

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■著者紹介

安藤武博(あんどう たけひろ)
スクウェア・エニックス 特モバイル二部 ジェネラル・マネージャー兼プロデューサー。ゲームプロデューサーにして、同社のスマートフォンアプリ制作の中核を担う人物。早くからスマートフォン事業に携わってきたことから、アプリに対してはすでに確固たる理論を構築している。それでいて、つねに新たなステージへのチャレンジを忘れないスマートフォン業界の革命児。

 

 

【まとめ】スクエニプロデューサー安藤武博氏のブログ“スマゲ★革命”

 

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