【新作】彼女は空想の産物？ 現実に絶望した少年と自分を忘れた少女の青春ノベル『きみの夢をみている』

もがき苦しむ思春期を生きる少年少女の物語

高校生の市川優人は、幼いときから夢の中でアイリという少女と会っていた。

それが夢の世界であったとしても、現実に嫌気が差していた彼にとって、静寂に包まれた空間と彼女の存在こそがすべてだったのだ。

本作『きみの夢をみている』は、女子学生“しおん”が手掛けるゲームアプリデビュー作。

現実世界から目を逸らして生きる優人と、夢の中に現れるアイリ。ふたりを中心に描かれる、ちょっと切ない物語を紹介するぞ。

世間に不満を抱く優人の繊細な心の物語

主人公の市川優人が語る“あいつ”とは、幼いときから夢の中で会うことができるアイリという少女である。

柔らかい空気と穏やかな風、すべてがやさしい静寂の中にある夢の世界は、一面花畑の甘くどこか懐かしい香りが漂う安息の空間だった。

昔は見ていたふつうの夢が、いつしかアイリの世界にたどり着いていた。

紛争や貧困、いじめや汚職など汚れた世界にうんざりしていた優人には、彼女こそが理想の存在であり、唯一心を開放できる拠りどころなのだ。

現実世界を“美しくない”と表現する優人は、教室から聞こえてくる生徒たちの会話や、日常のあらゆるものに悲観的だ。

その端々に出てくる言葉や思考が、高校生だった当時の自分に重なる部分も多く、「そんなことを考えていたな」と、思春期に抱いた感情が蘇る。

そんな彼にも、幼なじみで面倒見のいい園田理子や、言葉を飾らずストレートに物ごとを語る立花秋穂など、現実世界の中にもちゃんとしたコミュニティが存在する。

しかし、心はいつもアイリへの想いに溢れ、現実と夢のはざまでもがき苦しんでいく。

そうした様子に気づいた理子は献身的に尽くしてくれるし、秋穂は苦悩する優人に的確なアドバイスをしてくれる。

美しくないと拒絶するこの世界にも、まっすぐ向き合ってくれる人がいて、想いを寄せてくれる幼なじみが側にいる。

優人に伝えてあげたいやさしい世界が丁寧に描かれていくのだ。

設定こそ王道だが、優人の主観で語られる世界の在り処、それを理解し寄り添うアイリの感情表現はじつに秀逸。

ゲームをプレイしているというよりは、良質な小説を読み進めているような、充実した時間を過ごすことができるのだ!!

少年のしあわせを願うアイリの青春計画

アイリは自分に会いに来てくれる優人が大好きだが、現実から目を背ける彼の生きかたに、“このままでいいのだろうか？”と心配する。

ふたりだけの世界を“ネバーランド”にたとえる彼女は、それも幸せだと思う一方で、彼には帰るべき“現実”があるのではと自問自答をくり返す。

存在が不確かな自分に依存していては、彼自身の人生が台なしになってしまうと考えるようになっていく。

そこでアイリは、1日10時間も眠って夢の世界に依存する彼のため、“青春計画”なるものを立案する。

時を同じくして、彼女自信も“ずっとここに居たわけでないでない”、“帰るべき場所があったはずだ”と、失われた記憶を取り戻すように、さまざまな感情が湧き出してくるのだ。

アイリは夢のなかにしか存在しない、優人が作り出したものなのか。それとも、広い世界のどこかに実在し、ふたりがこの現実で出会うことができるのか。

さまざまな希望と不安が混在する世界。

少年少女たちが奮闘する青春計画の結末は、ぜひ皆さんの手で確認してもらいたい!!

P.N.深津庵
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