日本ゲーム市場が復活を果たすには何をどう変えればいいのか?CEDEC講演“日本人よ、このままでいいのか?!”リポート【CEDEC 2020】

2020-09-03 10:00 投稿

クリエイターでなくても考えさせられる内容

9月2日より、CESA主催で行われている開発者向けカンファレンス“CEDEC 2020”にて、“日本人よ、このままでいいのか?!日中ゲーム開発現場から日本人クリエイターの未来像を考える~緊急時対応から見えてきた実像”というセッションが行われた。なお、今年のCEDECは昨今の情勢を受けてオンライン開催となっている。

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本セッションは日中の市場や開発環境を時間軸と照らし合わせながら比較し、なぜ中国市場/中国系メーカーがいま勢力を伸ばしているのかの分析や、現在日本市場における課題など、データから見えてくる事実を共有しつつ、その対策を考えるというもの。啓蒙的な意味合いが強く、セッション中にはコメントで「まさしくその通り」、「ぐうの音も出ない」といったコメントも見受けられた。

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ここでは、そんなセッションのリポートをお届けしていく。

【講演者】

田村俊彦
(株式会社ゴールデンサニー 代表取締役)

ナムコ~バンダイナムコゲームスに在籍し、おもにプロデューサーとして『Pac-Man Championship Edition DX』『Galaga Legions DX』『Tales of Eternia Online』『Mr. Driller Online』等にかかわる。
バンダイナムコ退職後は個人事業主として日中ゲームビジネスを行い、2019年12月株式会社ゴールデンサニーの代表取締役となる。

中国ゲーム市場はなぜここまで伸びたのか?

セッションの冒頭ではまず、それぞれのGDPとゲーム市場の大きさの比較や、2000年前半から現在にいたるまでにあった日中両国ゲーム市場の背景などが語られた。

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紹介した流れを簡潔にまとめると、つぎの通りとなる。

2003~2006年は中国ゲーム元年とも言える期間で、中国では韓国や台湾で制作されたPCオンラインゲームが人気を博していた時代。当時の日本ゲーム市場から比較すると、まだまだ市場規模も小さい時代だ。このとき日本ではフィーチャーフォン(ガラケー)で展開されるソーシャルゲームが誕生し始めた時期となる。

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続く2007~2012年はスマホ元年。2007年にはiPhoneが登場し、2010年には国内でもiPhoneへの注目が強くなった。この時期は、それまで少しずつ勢力を伸ばしてきたソーシャルゲームが一気にブームを巻き起こっている。この時期の日本ゲーム市場の規模は1兆円前後。

一方この時期の中国はと言えば、北京オリンピックや上海万博などを契機に、大きな経済的な成長を遂げ、物価が上がり、ゲーム市場も盛り上がりを見せ始めたという。

2013年以降は、日中に限らず世界がスマホへとシフト。その流れは、これまでコンソール(家庭用ゲーム機)の市場が強かった日本にも起きたものの、日本はスマホ市場の波に乗り切れず、その存在感が薄れ始める。

一方の中国は流れに乗り、ゲーム市場のみに焦点を当てても強大なスケールへと変貌を遂げた。

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このチャプターで注目すべき点は、「なぜ日中ゲーム市場にここまで明確な差が出たか」という点。

講演者・田村氏によるとその要因はいくつか考えられるという。まず挙げられたのが、それまでに蓄積してきた開発やビジネスモデルに対するノウハウの差。

先述にもある通り、日本は家庭用ゲーム機の市場が大きく、また同時に日本メーカーもここに向けての開発やビジネスを得意としていた。一方中国は、PCオンラインゲームが主流であり、ネットワークに関連する開発技術や運営タイトルにおける課金システムのノウハウが蓄積されていた。

この蓄積ノウハウの種類に差があったため、PCオンラインゲームとビジネスモデルが近しい、現在のスマホ主流のゲーム市場において差が生まれたのではないかということだ。

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またもうひとつ、日本メーカーのほとんどがスマホ市場へのシフトに出遅れたということも差を大きくした要因であるという。

これについて田村氏は「当時の国内ゲーム市場は、コンソールに強い老舗ゲームメーカー系と、ソーシャルゲームの展開を行うSAP(ソーシャル・アプリケーション・プロバイダー)系とに分類されていたが、ともに依存する市場・顧客を抱えてしまったことからイノベーションのジレンマが発生してしまい、それがシフトを遅らせた」と語っている。

柳の下のドジョウという言葉を強く思い起こされる、非常に耳が痛くなる話だったと言わざるを得ない。

緊急事態時のリスク回避策についても語られた

続けて語られたのは、日中間におけるゲームビジネスについて。ここでは日本が中国に外注するものや中国が日本のクリエイターに求めるもの、そして中国とビジネス展開時にコロナ禍のような緊急事態が発生した際、どのようにすればリスクが低減出来るのかといった内容も語られた。

ここについては詳細を割愛。端的に話をまとめるとつぎの通りとなる。

・中国の人件費が安いという時代はもうすでに終わり、中国から日本への発注が増えている
・中国が日本に求めるのは2Dデザインやストーリーなど日本独自の文化に根付くコンテンツの制作
・先方のより多くの人とより多くの手段で連絡が取れるようにしておくことが、トラブル発生時の衝撃を最小限にするポイント

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日本人は、どうすればいいのか?

ここからが本セッションの本題。日本人クリエイターは今後どうあっていくべきかについてが語られ、その後質疑応答などを通じて本テーマについての意見交換も行われた。

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本チャプターでは、本題を語る前にまず、ゲーム開発における日本人の現状がまとめられた。

氏によるとプロデューサー・ディレクター、プログラマー、企画、デザインすべての職種・分野において課題がある状態だという。状態だけを見れば、日本人クリエイターが海外に勝てる要素があるのか不安になるほどだが、氏はこうした現状を厳しく“ゲームクリエイターの劣化”と表現した上で、これは日本人の優れた特性を無視したチームマネジメント、教育がなくなったせいだと指摘する。

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続けて氏は、このゲームクリエイターの劣化はKPIという単語が業界内に入ってきたころから起こり始めているのではないかと考えているようだ。KPIとは重要業績評価指標のことで、言うなれば目標に対しての達成度合を指標化するための計量基準だ。

おそらくさまざまな業界でも耳にするようになったであろうこの言葉。企画提案や結果報告の際などではとくに使われがちな言葉だが……。これを重要視するあまり、「ゲームの出来が悪くてもKPIが良ければいい」という考えが生まれてしまったため、クリエイターの劣化を招いたのだという。

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こうした現状を踏まえた上で、田村氏は@日本人クリエイター最大の武器は、徹底した基礎力に根ざした職人魂である」と分析。

日本ゲームクリエイターが復活を果たすためのキーとなるのも、この職人魂だと語る。具体例としては、入社2~3年目からプロデューサー教育を施すなどの動きを取るのではなく、しっかりと基礎を身につけ、海外を知り、その上でネクストシフトを狙っていく動きが重要になるという見解を示してくれた。

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最後に田村氏は社会人の平均勉強時間についても指摘。日本における社会人で勉強をしている人も確かに存在しているが、まったくしていない人が圧倒的に多いため、たったの6分という非常に短い平均が出てしまうのだそうだ。氏は、こうした点も日本が勝ちあぐねている要因であると語る。

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なお、これについてはコメントで「勉強する時間がそもそも確保できない」という声も挙がっていたが、田村氏はこれに対し「まずは10分。平均時間を超えるところから始めてみるという軽いところから始めるだけでも違うはず」と提案。ゼロとイチには大きな差があることを示してくれている。

講演の最後には質疑応答の時間が設けられたが、その内容は質疑応答というよりも、氏の意見への賛同や、経営者としてはどうするべきか、リベラルアーツの重要性などを活発に、そしてポジティブに議論する場となり終演の時間を迎えた。

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