30年もVRビジネスに携わってきたプロに、VRの歴史や現状を分かりやすく教えてもらった
2016-05-25 15:50 投稿
VRをもっとよく知るために!
VR元年という名称をいたるところで目にするようになり、VR(バーチャル・リアリティ)という言葉にもなじみが生まれ始めてきた昨今。
実際にVRという技術やコンテンツに興味感心を抱いている人は日増しに増えていることだろう。ただそれは、ユーザー、メディア、開発者すべてに言えることだが、”VRという言葉が先行してひとり歩きを始めた”状態とも言える。
そこで、いま一度VRに関する知識を深めるべく、VRに関する識者を直撃。
インタビューに応じてくれたのは、1987年に創業し、長年VRビジネスを行ってきたソリッドレイ研究所 代表取締役にして、日本バーチャルリアリティ学会で理事も務める神部勝之氏。
本物の知識を有する識者は、いまのVRをどう見ているのだろうか?
■神部勝之氏
識者から見るVRの歴史
――まず、VRの歴史を間近で見てきた識者の方から見る、VRの歴史をお聞かせ願えますか?
神部 VRそのものの誕生に関しては、すでにいろいろな方がお話になっているかと思います。なので今回は、理論的・実験的なVRではなく、いまのような実用的なVRの歴史について触れさせてもらいましょう。実用的なVRの歴史となると1985年くらいがスタートになります。
――実用レベルになってからも、もう30年も経つんですね。
神部 そうですね。実用レベルでのVR技術は、NASAが宇宙飛行士の訓練用にと開発したものがスタートラインになります。
――あのアメリカ航空宇宙局のNASAですか?
神部 そうですそうです。宇宙空間を地球上に作り出すことは不可能じゃないですか? だから、ヘッドマウントディスプレイとグローブを付けて、バーチャル空間で宇宙訓練ができるようにと研究・開発し始めたのが始まりなんです。
――たしかに、現実では体験できないことを体験できることがVRの魅力ですよね。
神部 この段階で、VRは一度実用的な使われかたをしています。ですが当時はまだ大衆的な技術ではなかったこともあり、一般的な知名度はありませんでした。
――いつごろから、VR技術は一般社会に進出したのでしょうか?
神部 じつは、VR技術を世界的に発信したのは、日本のあるニュースがきっかけになっているんです。
――日本ですか?
神部 みなさんご存じの、松下電工(現・Panasonic)です。松下電工がシステムキッチンを売り出すのにVRを利用したことで、VRという技術が世界的に認知されるようになったんですよ。
――システムキッチン? どういうことでしょう?
神部 システムキッチンって、ほぼほぼオーダーメイドなんですよ。台の高さとか扉の位置とか。もちろん高価なものですから、作るのに失敗はできませんし、そもそも設計が失敗できません。だからといって詳細な図面を引いて主婦のかたに見せても、まずそれで理解はされませんよね?
――そうですね。精細な図面は見慣れていないと正しく読めませんし、読めてもそれがイメージに直結させるのはちょっと難しいかも。
神部 そこで、松下電工はVRで体験してもらって寸法を見せる技術を作ったんですよ。それが、「世界で初めて、VR技術を実用的にビジネス運用した」と世界中のメディアから注目を浴びて、VRというワードが一般にも届いたんです。これが1990年ですね。
――1990年くらいが、ひとつの大きなターニングポイントになっているんですね。
神部 まさしくその通りです。SGIという企業をご存じですか? そこが、コンピューターグラフィックス、CGを作るのに特化したコンピューターを出したのも、1990年くらいなのですが……。このSGIのワークステーションは、CGはもちろんVRにも非常に有効なものでして。その登場を機に、1990年から1999年まで、VRバブルが巻き起こりました。
――VRバブルですか? そういったものはいまいち記憶にはないのですが。
神部 一部の市場での話ですからね。でも、当時は国の予算がなんでも通ったくらいですよ、VRと名前に付けておけば。「VRで交通事故をなくす」とか付けておくだけで、簡単に何億円もの予算が取り付けられる、それくらいのバブルでした。
――思い返してみれば、1990年代には3Dメガネを使ったコンテンツが官民問わずに流行っていましたが、そういうことでしょうか?
神部 3Dメガネを使ったバーチャルリアリティのバブルがあったんですよ。だから、いろいろな会社、おもに商社が”VR営業部隊”などを作ったりもしていましたね。
――1999年にバブルが崩壊した理由というのは?
神部 SGIのマシンは、最低でも5000万円、ふつうのモデルで1~2億円という非常に高価なものでした。だからこそバブルのきっかけにもなったのですが、それがバブル崩壊の原因にもなってしまいました。1999年に、その5000万円のマシンとほぼ同じことができてしまう、グラフィックボードというパソコンパーツが、NVIDIAから3万円くらいで発売されてしまったんですよ。
――それですか。たしかに、それまで5000万円で売れていたものが3万円になってしまったら、商社などは撤退するしかないですね。
神部 その通り。そのバブルに合わせていろいろなVR関連会社も立っていたのですが、そういった企業もこのバブル崩壊に合わせて消えていって……。ふと周りを見たらもうVR関連会社はウチしかない、みたいな時期もありました(笑)。
ブームのきっかけは、やはりOculus
――いまのVRブームのきっかけは、何が影響していると思いますか?
神部 それはもう、Oculus Riftですよ。
――やはりそうですか。
神部 ただ、パルマー・ラッキー(※)がキックスターターに成功して、開発者版がリリースされたときに飛びついていたのって、世界中のオタクだけでしたから。まだ一般社会には認知されていなかったんですよね(笑)。
(※)Oculusの創業者。Oculus Riftは当時大学生だったパルマー・ラッキー氏が、キックスターターで開発資金を集めたのがはじまりだった。
――オタクからスタートって、最近のITシーンではよくある流れですね(笑)。
神部 世界中のオタクたちが、自分たちでOculus Rift用のゲームとかを作って遊んでいるところをYouTubeにアップロードしまして。それを見ておもしろいと思った人たちが、Oculus Riftを買い始めたんですよ。それがまず第一波。
――なるほど。
神部 そして、決め手になったのは開発者向けキットがバージョンアップされたタイミング。DK2(=開発者キットの第2弾)がリリースされるタイミングで、あのFacebookがOculus社を2000億円で買収しました。そこでVRというワードが世界的に、そして一般的に認知されたんです。
――そこがVR元年のはじまりなんですね。
神部 そう、いまのVRは、Oculusがすべての発信源になっているのです。
VR、AR、MRの違いとは?
――いま、世間にはVRをはじめ、AR(Augumented Reality)やMR(Mixed Reality)といったワードやジャンルが生まれ初めていますが、それぞれの差異の定義を教えていただけませんか?
神部 なんかもう、いろいろありますよね。みんな名前を作りたくて命名者になりたいってだけで、いろいろ作っちゃいますから(笑)。でもまず、定義の前に大事なのは、Virtual(バーチャル)という言葉の意味を理解することですよ。
――言葉の意味ですか?
神部 バーチャルという言葉の本当の意味は、“本物とは違うけれど、本物と同じ本質を持っている”。つまり、原点は本物にあります。ニセモノではありません。
――そういう意味だったんですね。
神部 ただ、日本の場合だとVirtual=ニセモノというイメージがありますよね?
――3Dグラフィックの世界に飛び込むことがVRのように捉えられがちではありますね。
神部 でも、たとえばSuicaをはじめとする電子通貨は、英語圏では”バーチャルマネー”と呼ばれています。これを日本風に解釈してしまうと、嘘のお金、仮想通貨という本質をもたないものになってしまいます。でも、バーチャルマネーは本質的には変わらずお金ですよね?
――なるほどなるほど。
神部 日本は、この本質は同じだけど違うものという解釈に対する語句がなかったので、昔“仮想”と訳してしまった。その結果、バーチャル=ニセモノという誤解が生まれてしまったんです。
――そう理解をすると、VRとMRはイコールと考えても差し支えなさそうですね。
神部 まったくもってその通りだと思いますよ。もうひとつ例えを出しましょう。いま、話題のVRコンテンツの中に『サマーレッスン』というものがありますよね?
――はい。注目のタイトルですね。
神部 あれは、“女子高校生の部屋に家庭教師に行く”というシチュエーションと、同じ本質を持つ世界が構成されているからバーチャル・リアリティのコンテンツになっているんです。バンダイナムコ(エンターテインメント)さんはVRというものをよく理解されていますから、しっかりと研究をして、女子高校生の部屋というものの本質をよく理解して再現できていらっしゃるのだと思います。
――たしかに、あのシチュエーションのリアリティはスゴイですからね。リアルな女子高校生の部屋というものの本物を、僕は知りませんけど(笑)。
神部 で、MR(Mixed Reality)というのは現実とバーチャルを混ぜるということですから、現実に情報を付加するというAR(Augumented Reality)とほぼ同じ意味だと思います。
――たしかに、そういう解釈をすると納得ですね。
神部 だから、僕は言葉によってなにかが異なるというものはないと思っています。
――個人的には、ARは現実の視野に情報を追加するもので、MRはその追加された情報に干渉できるものと考えていたのですが。たとえば、ヘッドマウントディスプレイ越しに現実世界を覗いたとき、現実のテーブルの上にジュースの缶というひとつの情報が追加されて表示されるものがAR。そのジュースの缶を実際に手で何かしらの作用を及ぼすことができればMRと。
神部 なるほど、そういった解釈、定義もありですね。ただ、具体的な定義というのは、MRの創始者である立命館大学の教授である田村秀行さんに確認するのがいちばんな気がします(笑)。
スマートフォンVRの可能性は?
――いま、VR機器がたくさん出てきて、スマートフォンでVRを利用できる機器も登場していますが、それについてはどうお考えですか?
神部 一般大衆的になったなぁとは感じます。ただ、これは僕だから持っている感覚かもしれませんが、僕らがやっているパソコンベースのVRとスマートフォンのそれでは、ちょっと文化が違うのかなとも感じています。
――文化、ですか?
神部 たとえば、絵画にも印象派や抽象派といった文化、作風の違いがありますよね? パソコンベースのVRとスマートフォンベースのVRにも、そういった違いがあると感じています。
――それぞれが別のものとして別々の進化を遂げていくというお考えでしょうか?
神部 だと思いますよ。スペックがはっきりと違うわけですから。ただ、VRという根っこは同じだと思います。根っこから外れてしまったり、根っこを間違えてしまったら、その進化はよい方向には進まないでしょう。
――文化の差異があるということですが、スマートフォンによるVR体験がメジャーになることで、それがVR体験への入り口を広げることにつながるとは思われますか?
神部 理論的には……。将来的にどうなるか未知数な点でもありますが、現状のスマートフォンのVRには、ハッキリとした問題があると思っています。
――問題と言いますと?
神部 先ほども申し上げた通り、パソコンとスマートフォンでははっきりとスペックに差がありますよね?
――そうですね。とくにしっかりとしたVRデバイスを動かせるようなハイエンドなパソコンと、スマートフォンでは比較にならないほどの差がありますね。
神部 そうなってくると、スマートフォンでのVR体験も、やはりパソコンのものとは変わってくるわけですよ。本質が同じでも。
――そうなりますね。
神部 それにスマートフォン市場はいま参入しやすい環境にありますので、よいコンテンツが出るとともに、いまいちなものもたくさん出てくると思います。そうなったときに、一般ユーザーの人たちが初めてVR体験をして「なんだ、これがVRか。たいしたことないな」で終わってしまう可能性が往々にしてありえます。最初の印象がよくないと、もっと違う体験をしてみようと思わないじゃないですか。
――クオリティの良し悪しはともかく、黎明期にはさまざまなコンテンツが世に溢れかえりますしね。
神部 人間って、ちょっと味見だけして、全体がわかったような気になっちゃうこともありますので。だから、人々がチープなコンテンツに触れて、決断を早まってしまうのが怖いんですよ。
――スマートフォンでのVRは、敷居が低い分、内包しているそのリスクは高いですね。
神部 それに、スマートフォンにはディレイの問題がありますし。
――ディレイ。遅延ですか?
神部 そうです。現実世界では、右を向いた瞬間にはそこに右を向いたときにある風景が目に入ってきますけど、VRではそうはいきません。とくに、モバイルのVRではどうやっても、しっかりと感覚できる遅延が発生します。
――たしかに。ディレイ、ラグがあるものはありますね。
神部 ゲームにおいてラグは致命的じゃないですか? VRにとって、ラグ、ディレイはそれ以上に致命的なんですよ。それが起こりうるだけで体験は大きく損なわれます。
――でも、そのディレイに関してはパソコンベースのものでも発生しそうなものですが……。
神部 いえ、たとえばOculus Riftはすごいですよ。しっかりと観測してみると数値の上でディレイは発生していますが、絶対に知覚できないレベルです。マウスの追従性とほぼおなじレベルを持っているので、まったく問題ありません。
――その考えでいくと、フレームレートも非常に重要そうですね。30FPSでは話にならなさそう。
神部 まさしくその通りです。フレームレートも非常に重要です。通常、家庭用のゲームだと60FPS、1秒間に60コマの描写がリッチな体験の基準にされているじゃないですか? Oculus RiftをはじめとするパソコンベースのハイエンドVR機器は、それを超えます。最低でも75FPSの確保が推奨されている状態です。HTC Viveなんかは、たしか100FPS以上だっけ? ちょっと詳しい数字は覚えていませんが。とにかく、それくらい重要視されているポイントなんです。
――そんなに高いFPSが推奨されるのですか?
神部 ええ。でも、それでもまだ人間の首振りに追い付くには完璧ではないと言われています。
――人間の知覚から大きく異なるものになると、やはり体験としての魅力も損なわれてしまいますよね。
神部 Oculus RiftやHTC Viveは、そこまでのスペックに追いつかないものを切り捨ててすらいます。しかし、切り捨てなければならないほどFPSは大事なんですよ! なので、スマートフォンでのVR体験は、入り口が広がるという面では歓迎していますが、警戒している部分もある、といった感じですね。個人的には。
今後の展開に期待をすること
――VRの未来についてはどのようにお考えですか?
神部 まず、VRのゲームは絶対にきますね。うちの会社はBtoBに納入しているお堅いところなのですが、この流れを逃すまいと、今年はE3にちょっと行ってみようと考えています。
――今年のE3にはたくさんのVRゲームが出そうですね。
神部 まったく未開拓な海にこぎ出すような感じなので、ちょっと楽しみです。
――今回はありがとうございました。最後に読者にひと言メッセージをお願いできますか?
神部 VRコンテンツが今後どんどん増えていくというのは、長年携わってきた身としてはとてもうれしい未来だと思います。ただ先ほどお話したように、VRは最初の体験がとても大切です。ぜひちゃんといいコンテンツを選んで、体験して、そのほかの遊びにも積極的に挑戦していってもらいたいですね。
まとめ
今回学んだ情報のポイントをまとめておさらいしておこう。
(1)VRの歴史
1986年:NASAが宇宙訓練用VR HMDを開発
1987年:ソリッドレイ研究所設立
1990年:松下電工が、世界初の実用VR技術として“システムキッチン疑似体験システム”を開発・運用
1991年:SGI(シリコングラフィックス)がワークステーションIndigoシリーズを開発。VR、3Dコンテンツが爆発的に普及
1990~1999年:第一次VRバブル到来
1999年:NVIDIAがグラフィックボードGeForceシリーズをリリース、バブル崩壊
2010年:パルマー・ラッキーがOculus Riftの試作品を開発
2012年:Oculus Riftのキックスターターがスタートし、1日で目標額を達成
2013年:Oculus RiftのDK1が出荷開始
同年:YouTube上にRiftを使った体験動画が上がり始める
2014年:YouTubeに上がった動画が一般にも注目され始める
同年:FacebookがOculus VR社を20億ドルで買収
同年:Oculus Rift DK2を出荷開始
2016年:Oculus Rift、HTC Viveなどが製品版リリース開始、VR元年を迎える
(2)VR(バーチャル・リアリティ)って?
本物とは異なる形状、形態こそ取っているが、本質は本物が持つそれと変わりないもの。それを人間の感覚を刺激して理工学的に生み出す技術、またはその技術で生み出されたもの。
(3)VR、MR、ARの違いは?
厳密に言えば差異はあるが、そこに大きな差はない。ARもMRもVRのひとつ。ただスタイルによって呼び名を変えているだけ。
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