ゼロから始める“クトゥルフ神話” 第1回:クトゥルフ神話って何?

2018-03-29 18:00 投稿

クトゥルフ神話にようこそ

クトゥルフ(クトゥルー)、アザトース(アザトホース)、ナイアルラトホテプ(ニャルラトホテプ)などの邪神の名前、ラヴクラフトといういかにも怪しげな人名、あるいは、ネクロノミコンという魔道書の名前、ルルイエ、アーカム、インスマスという地名に聞き覚えはないだろうか?

Cthulhu
Title: Cthulhu by BeyonderGodOmnipotent

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

▲この作品は クリエイティブ・コモンズ 表示 – 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

ファミ通Appの読者であれば、『Fate Grand Order』を筆頭とする多くのゲームの設定に忍び込んでくる、これら奇怪な単語に聞き及びがあるだろう。

そう、これはすべて“クトゥルフ神話”と呼ばれるひとつの神話に登場する名称だ。

たとえ、クトゥルフ神話の名前を知らないとしても、ホラーやファンタジー、SFなどの小説、映像、コミック、ゲームに触れていれば、あなたはどこかできっと出会っているに違いない。

これらイメージの源泉を作ったのは1920年代から1930年代にかけてアメリカで活躍したひとりの幻想作家“ハワード・フィリップス・ラヴクラフト”。

アメリカはロード・アイランド州、プロヴィデンスに生まれ、その人生の大半をこの街で過ごした彼は『ウィアード・テイルズ』などのパルプ雑誌や小説雑誌に印象的な中短編を寄稿。その中で独自の世界観を築き上げ、既成の怪奇要素に頼らない斬新な恐怖を提示した。

彼の提示した世界観を簡単にまとめると、以下のようになるだろう。

人類は、地球唯一の支配種族ではなかった。

人類が誕生する前の超古代。原初の地球には、外宇宙から飛来した異形の存在たちが神のような存在として君臨していたのだ。

混沌を支配する白痴の神“アザトース”、ひとつにしてすべてのもの“ヨグ=ソトース”、海底の都“ルルイエ”に夢見る大いなる“クトゥルフ”、神々の使者にして闇に吼える者“ナイアルラトホテップ”、名状しがたきもの“ハスター”、千の仔を孕む森の黒山羊“シュブ=ニグラス”など。

彼らは星辰の移り変わりにより、地上からは姿を消したが、完全に消え去ったわけではなく、深海、地底、あるいは異次元に潜み、復活の機会を虎視眈々と狙っているのである。

この連載では、ゲームに登場する神、神話についてを語っていくが、まずはこの「聞いたことはあるけれど、じつはよく知らない」という人が多いであろう“クトゥルフ神話”について語っていこう。

なぜ、クトゥルフ神話がいま、流行しているのか?

いま、クトゥルフ神話の話題が再燃しているのにはいくつもの理由がある。

・多くの人々が自由に参加できる現代の人工神話

クトゥルフ神話は、1937年に亡くなったひとりの作家に端を発するが、その誕生当時から、ラヴクラフトとその作家仲間たちはアイデアを共有し、それをベースに各自が好きなようにクトゥルフ神話を書いていた。

しかし、当時はまだクトゥルフ神話には明確な定義はなく(用語としてはラヴクラフト自身の中には存在した)、何を以てクトゥルフ神話とするのか、その定義が作られたのは彼の死後となる。ラヴクラフトが書いた作品に出てくるさまざまな要素、邪神や魔道書の名前、設定、地名などが共有されたものが、クトゥルフ神話として分類されたのだ(※1)。

そしてこの定義は現代にも引き継がれており、日本人作家が描いたホラー小説から、デジタルゲーム、アニメ、ライトノベルであっても、ラヴクラフトが生み出した要素が含まれているものは、クトゥルフ神話として分類されるのである。

この参加へのハードルの低さがさまざまな作品を生み出し、話題として扱われるまでの広がりを作ったのだ。

・クトゥルフ神話TRPG

現代の日本において、クトゥルフ神話はサブカルチャーの重要なエレメントである。その大きな理由のひとつが“クトゥルフ神話TRPG”のブームである。

これは、アナログのRPG、テーブルトークRPG(※2)の1タイトルで、すでに30年以上の歴史を持つものだ。タイトル通り、クトゥルフ神話というSFホラーを遊ぶもので、ホラーを再現するために、“正気度”というルールが用意されており、怖いものを見聞きするとこの数値が下がり、場合によっては気が狂ってしまうという設定になっている。

 
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この“クトゥルフ神話TRPG”のリプレイ動画(※3)がゼロ年代末にブレイクしたことで、旧来のゲーマーに限られない広範なファンが集まり、クトゥルフ神話の話題性を押し上げたのだ。

特に、男性中心だった旧来のゲーマーとは逆に、物語性やホラーを好む女性が多いことが人気爆発の理由になっている。

・作品が独特の面白さを持つ

ブームの根っこにある理由は、クトゥルフ神話作品が独特の面白さを持つということだ。

ラヴクラフト作品は、発表当時最新のSFネタやパルプ・フィクション・シーンを踏まえた上で書かれた独自のSFホラーだ。アイデアも世界観も物語も斬新でおもしろい。

とくに、「ほとんどの人類は知らないが、じつは、超古代から存在する恐ろしい邪神たちがいて、怪奇な事件や歴史上の謎の背景には、彼らの存在があった」というアイデアは、非常に汎用性が高く、おもしろいものであった。

さらに、ラヴクラフトは執筆時に流行していたトピックやニュース、あるいは、人気の作品をクトゥルフ神話にどんどん組み込んでいくスタイルだった。

たとえば、神話の名前にもなっている『クトゥルフの呼び声』は、関東大震災という大事件にインスパイアされたものであるし、また同氏の著書『狂気の山脈にて』では、当時話題になっていた南極探検が取り上げられている。

いま読んでも、独自の切り口と恐怖、語り口に個性があり、ハマる人はハマってしまう。

加えて、ラヴクラフトは神話作品同士をゆるやかに接続した。クトゥルフ神話作品はホラーということもあり、シリーズのような連続性を持たない。しかしクトゥルフ神話は、登場する用語を共有しているため、クトゥルフ神話作品をいくつも読んでいくと、ぽろりと浮き上がってくる神話用語が目に入り、それらの中にある不可解なつながりに刺激され、驚かされることになる。

「え、これもクトゥルフ神話?」と。

『Fate Grand Order』の北斎イベントなどはその好例。日本の江戸時代を舞台にしておきながら、“黄金の蜂蜜酒”、“触手”というキーワードによって、その物語の片鱗に触れた人をクトゥルフ神話の迷宮に引き込んでしまうのである。

“クトゥルフ神話”は、最初の神話作品とされるラヴクラフトの『ダゴン』から、100年もの歴史をもつもの。誰しもが“クトゥルフ神話”を作り出せるという構造は、つねにそこに新しさを生み続け、それが1世紀という長きに渡って蓄積されてきたことによって、同時に物語世界としての厚みも兼ね備える。この特異性が、いままた“クトゥルフ神話”を再燃させているのだろう。

クトゥルフの表記について

神話作品では“非人類的な恐怖”をテーマとしていたことから、作品中に登場する固有名詞の多くが造語で、わざと“人類には発音しにくい音”が選ばれている。神話の名前になっているクトゥルフ(Cthulhu)も紹介者や作品によりその読みかたが異なっており、クトゥルフ、クトゥルー、クトリュー、ひいてはク・リトル・リトルにまでいたる。

なぜ、こうまで読みかたが異なってくるのか。それは、彼らは異世界から来た旧神であり、その名は人間とは異なる口の構造を持つ者が発音した言葉なので、正確に人間の言語で表現できるものではないのだ。また、上で挙げたものたちも、それをさらに英語から日本語に書き写そうとした結果であるから、どの表記も正しいと言えば正しいし、どの言葉も正確ではないと言える。

本連載で“クトゥルフ”を採用するのは筆者がTRPGの業界人であり、TRPG版に準拠するからに過ぎない。それぞれが自分の流儀に従って神話世界を楽しんでもらえればよいと思う。

第2回 “夢見る人、ラヴクラフト”に続く>>

文:朱鷺田祐介

【朱鷺田祐介(ときた・ゆうすけ)】

TRPGデザイナー。代表作『深淵第二版』、『クトゥルフ神話TRPG比叡山炎上』。翻訳に『エクリプス・フェイズ』、『シャドウラン20th AnniversaryEdition』。2004年『クトゥルフ神話ガイドブック』より『クトゥルフ神話』の紹介を始め、『クトゥルフ神話超入門』などを担当し、ここ数年は毎年、ラヴクラフト聖誕祭(8月20日)および邪神忌(3月15日)に合わせたイベントを森瀬繚氏と共同開催している。

 
書影

※1:単語を共有していなくても、邪神の存在が匂わされたり、それっぽい雰囲気や、ラヴクラフト的な気配を持っていたりすれば、しばしば、神話作品とみなされる。クトゥルフの代わりにCとしか書いていない作品もある。

※2:ゲームを進行するキーパーと、実際にゲームをプレイするプレイヤーに分かれて遊ぶテーブルゲーム。すべてのRPGの基礎とも言われる。キーパーとプレイヤーの対話によって物語が進むため、その進行内容は参加者によって、また彼らの選択、行動によって毎回変わるという特徴を持つ。

※3:ゲームの進行内容などを、第三者に公開する意図で簡潔にまとめなおしたもの。テキストベースのものが主流であったが、昨今では時流にのり動画として編集されるものも多い。テーブルトークRPGや人狼ゲームなどのリプレイが有名。

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