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DeNAの小林賢治氏が語る、ソーシャルゲームが日本のエンタメ産業を救う

2013-05-22 12:01 投稿

●ソーシャルゲームは異常なポテンシャルを持った大市場

2013年5月17日、京都府・立命館大学において、ディー・エヌ・エー(DeNA)の取締役 Chief Game Strategy Officer 小林賢治氏による講演“スマホ時代のエンタメの話、など”が行われた。DeNAの小林氏と言えば、その切れ味鋭い明晰な分析力を誇る講演はつとにおなじみ。かくいう記者も、ここ数年何度か小林氏の講演を取材してきたが、ソーシャルゲームやエンターテンンメント業界に対する鋭い知見には、仕事という枠を越えて、純粋に刺激を受けることも度々だった。

今回行われた小林氏による講演は、立命館大学・映像学科が、各業界のトップクリエイターを招いて行う“クリエイティブリーダーシップセミナー”の一環として行われたもの。小林氏自身は昨年の同時期にこのセミナーで講演を行なっているのが、前回の好評ぶりを受けての再登場となった。以下、本講演の内容を追いかけていくことにしよう。

▲DeNAの小林賢治氏。博識ぶりと切れ味鋭い語り口はファンも多い。いまはChief Game Strategy OfficerとしてDeNAのゲーム戦略を担う。

 

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いまや、急速に浸透しつつあるスマートフォン。スマートフォンの普及と期を同じくして進んでいるのがエンターテインメントの“小ピース化”だという。小林氏は、おもしろい写真にひと言コメントをつけて楽しむサイト“ボケて”やまとめサイト“NAVER(ネイバー)”などを例に挙げ、「パッと見てパッとわかる、即時で反応するコンテンツが増えた」と説明。対比する形で、小林氏はレンタルビデオショップで借りてきた映画のDVDを観ないで返却してしまうこともあるという自身の経験を引き合いに出し、「観るのにある程度時間がかかり、始めるのに気合が必要な従来のエンタメは“重たい”んです」と続けた。いまは、人々の生活に重たいエンタメの入り込む余地はあまりなく、気楽に短時間で楽しめる“小ピース化”されたエンタメが好まれるというのだ。この“小ピース化”の流れはあらゆる分野で進行していると小林氏は言う。たとえばLINEやcommで、スタンプだけでノリでやりとりをするのはその一例。「そういった意味では、従来メディア・コンテンツの“小ピース化”は、現代のメガトレンドと言っていいでしょう」と小林氏。小林氏が、講演で挙げた、“小ピース化”の流れは以下の通り。

映像:(昔)映画・テレビ⇒(いま)Youtube
音楽:(昔)CD⇒(いま)iTunes
情報収集:(昔)書籍・雑誌⇒(いま)Twitter
通信:(昔)電話で話す⇒(いま)メール・スタンプ
ゲーム:(昔)コンシューマーゲーム⇒(いま)ソーシャルゲーム

 

▲キーワードは“小ピース化”。

 

「コンテンツが気楽になるのは抗えない」という小林氏は、「デバイスやメディアの変化は、コンテンツのありかたを大きく変え、新たな市場を産み出す可能性があります」と語るが、ソーシャルゲームはまさにそれを地で行ったケースだと言える。人の1日に存在するスキマ時間である7分×5回にうまく入り込んだエンターテインメントだと、小林氏が教えてくれたのは前回の講演だが、ソーシャルゲームはまさに、“小ピース化”の流れに乗ったコンテンツなのだ。

とはいえ、小林氏も、そんな“ソーシャルゲーム”そのものの定義付けに関しては苦慮している模様。小林氏によると、いまだソーシャルゲームの定義をした人はいないようで、たとえば世間的に言われるソーシャルゲームのイメージとしては、“ほかのユーザーと協力することを楽しむゲーム”、“基本無料、アイテム課金型のゲーム”、“5ボタンを連打するゲーム(※フィーチャーフォンからの名残り)”、“SNSのコミュニケーションを楽しむゲーム”などがあるが、「どれも様態についてしか語っておらず、付加価値を表したものではない」(小林氏)とのこと。

さらに小林氏は、世に言われる“ソーシャル性のあるサービス”について言及し、FacebookやTwitterが“ソーシャルサービス”と呼ばれるのに対して、2ちゃんねるやMMORPGが“ソーシャルサービス”と呼ばれないのは、中身の様態ではなくて、コンテンツが出てきた時代の差によるものでしかないと指摘した。つまり、ある時代以降のソーシャル性のあるサービスのみが、“ソーシャルサービス”と呼ばれるようになったというのだ。

と、かくも定義が曖昧なままの“ソーシャルゲーム”だが、ここで小林氏は因数分解とばかりに“ソーシャルゲーム”を“ソーシャル”と“ゲーム”に分けて、その言葉の定義をしてみせる。まずは“ソーシャル”からだが、小林氏の結論を先取りしてしまうと、それは「社会的関係性の中で価値を生み出す“場”」というもの。これは、ある種の商品をイメージするとわかりやすいかもしれない。たとえば、同じ洋服でも一方は極めて安価に取引されているのに対し、ブランド品はその10倍以上の価格で販売されていたりする。原価はほぼ同じなのにも関わらずだ。安く済ませられるものがあるのに、明らかに価値以上の違いがあるとも思えない商品をあえて購入するのは、“社会的関係の中で生まれる価値観”を求めてのこと。端的に言うと「自慢したいという思い」だ。「人間にはのし上がりたい欲、差を付けたい欲があると思います。人がお金を使う大半の理由はそれではないでしょうか?」と小林氏は言う。

続いては、“ゲーム”という言葉の定義。「ゲームの定義は難しいですが……」と小林氏は前置きした上で、それは、「自身が介入することが可能なエンターテインメントである」、「自身の介入に対する高速なフィードバックがある」というふたつを列記する。「勉強をして大学受験をして、合格もしくは不合格というものフィードバックの一種。大学受験は一生にそうそうありませんが、ゲームのフィードバックは数秒単位で訪れる。フィードバックがあるのは、根源的に気持ちがいいものです」と小林氏。

小林氏はあえて、講演では言及していなかったが、“ソーシャルゲーム”を字義通り定義してみると“自身の介入に対する高度なフィードバックにより、社会的関係性の中で価値を生み出す「場」が生じるエンターテインメント”とでもいったところだろうか。

ちなみに、ソーシャルゲームというのは急に現れたものなのだろうか? もちろん、それは違う。見知らぬ人との対戦が一般的になった『ストリートファイターII』や“対戦・交換”を通じてユーザーの交流が普及した『ポケットモンスター』などを例に挙げるまでもなく、ゲームは昔からずっと“ソーシャル”だった。「そういう意味では、いまの“ソーシャルゲーム”という名称は適切ではないかもしれませんね」と小林氏。いまの、いわゆる“ソーシャルゲーム”がかつてのゲームと違うのは、“お手軽さ”や、1回あたりのプレイ時間の短さに代表される“時間制”。「そういった意味では、“お手軽ゲーム”や“インスタントゲーム”という言いかたが近いかもしれませんが、ユーザーに対する価値のある言葉を思いつきません」と小林氏は率直に語る。「誰かぜひ、適切な表現を思いついてください(笑)」(小林氏)とのことだ。

 

かようなソーシャルゲームであるが、日本国内における市場規模はここ数年右肩上がりの状態で、2013年度は4256億円を見込んでいる(出所:矢野経済研究所)。じつは、これはシャンプーの市場規模とほぼ同じで、「シャンプーという誰でも毎日使う商品と同規模ということの持つ意味は大きいです。これは、ソーシャルゲームが何らかのニーズを深く捉えたものと見るべきです」と小林氏は言う。「よくソーシャルゲームは“クソゲーで儲けて”と言われますが、それは違います」と小林氏。「ユーザーさんの目は冷徹で、クソゲーだったら絶対に売れない。人気があるからには、しっかりとした理由があるんです」(小林氏)と断言する。いまでも月50億~100億円を稼ぐゲームが世界中で生まれており、“ソーシャルゲームは異常なポテンシャルを持った大市場”だというのだ。

 

●ソーシャルゲームはつねにユーザーと対話をし続ける

講演の後半は、コンシューマーゲームとソーシャルゲームの違いを分析するところからスタート。モデルケースとなるのは“映画とテレビの違い”だ。ご存じのとおり、テレビが普及したときは映画産業から大きな反発があったが、どだい映画とテレビは違うエンターテインメント。どちらがすぐれていて、どちらが劣っているといった議論自体がナンセンスだ。コンシューマーゲームとソーシャルゲームも、テレビと映画のように完全に別種のエンタメで、コンテンツの方向性も異なるのだ。

▲映画やコンシューマーゲームが先にお金を払って始め、最初から最後まで楽しむのに対して、テレビやソーシャルゲームはお金を払わずに始め、好きなときに止められるという違いがある。

 

とはいえ、コンシューマーゲームとソーシャルゲームにも共通点はある。それは、ゲームの難易度のバランスがおかしいときに気持ちが萎えてやめてしまうということ。いわゆるレベルデザインだ。ここで、ソーシャルゲームはコンシューマーゲームでは考えられないような難問にぶち当たる。それは、ソーシャルゲームは異なる属性のプレイヤーが同じゲームを遊んでいるということ。周囲のソーシャルゲームユーザーを見れば容易に理解できると思うが、ソーシャルゲームを遊ぶ人の中には、初心者もいれば、ベテランもいる。ライトユーザーもいれば、ヘビーユーザーもいるのだ。「多種多様なユーザー全員が“おもしろい”と感じるバランスを保つのは至難の業」というのには納得がいく。そのバランスがもし崩れると、一瞬にして40万人のユーザーを失う……ということにもなりかねないのだ。

▲異なる属性のユーザーをすべて納得させるのは至難の業。難易度が高いと難しいと言われ、難易度を低くすると“ヌルいゲーム”とのレッテルを貼られる。
▲施策ひとつで一瞬のうちに40万人失うということにもなりかねないというから恐ろしい。

 

そこで、「DeNAが大切にしていることは……」と小林氏は続ける。それは“徹底的に”ユーザーが何を求めているか考えることと、いかにプレイヤー全員が満足できる場を作れるかを各プレイヤーの視点で考えるかだ。そういった意味では、「ゲームはあらゆるコンテンツの中で、作るのがもっとも難しいと思います」という小林氏の言葉にもうなづけるものがある。たとえば、FacebookやTwitterなどでは、幅広いユーザー層すべてに受け入れられる難易度調整などは必要ないわけだし……。DeNAでは、“多種多様な”ユーザーとつねに“対話”し続ける仕組みを構築しているという。

 ▲DeNAが大事にしていること。それはユーザーとの対話だ。

 

そして、この“ユーザーとの対話”というのが、まさに日本人が得意なことだと小林氏は言うのだ。端的に言うとサービスだ。一度体験された方なら賛同してくれると思うが、航空機やタクシー、レストランなど……海外のサービスはとにかく総じて劣悪だ。「“サービス業”ではなくて、“しょうがないからやっている業”ですね」と小林氏は笑うが、それに対するに、日本におけるサービス業のレベルは本当に高い。

ちょっと長くなるが、極めて興味深いエピソードだったので引用してしまうと、アメリカの航空機会社ボーイングは、飛行機を作る前にどういう飛行機にしてほしいか、世界中の航空会社にニーズを聞くのがつねなのだそうだ。ボーイング777を作るときにも同じように各社にニーズを聞いたところ、ほかの航空会社が「操縦をしやすいようにしてほしい」といった自分都合のニーズばかりだったのに対し、ANA(全日空)のニーズだけが違っていた。「トイレの蓋がパタンと閉まると寝ている人が起きてしまうので、ふわっと閉まるようにしてほしい」という、ユーザー視点のリクエストを出したというのだ。これに感激したボーイングでは、即座にこの要望を聞き入れたという。これは、いかにも日本の企業の美点をうかがわせるエピソードだが、「“こっちのほうがいいな”を積み重ねるのが日本人は得意です」と小林氏は言う。

世界と比較して、圧倒的な競争力を誇る日本のサービス業だが、唯一のウィークポイントは言語。言語が絡むと途端に弱くなるという。ところが、小林氏によると、言語の障壁に関係なくサービスできるのがWeb領域だという。GoogleやTwitterなど、Web領域では圧倒的に勝っているのがアメリカだが、「初めて日本が勝てるかもしれません」と小林氏。いまや世界で飛ぶように売れているスマートフォンだが、端末の部品において日本の存在感はゼロに等しい。つまり、スマートフォンの端末がどんなに売れても、日本の企業が潤うことはほとんどないのだ。いわば、スマートフォンの波に乗り遅れた形だが、コンテンツの部分でならば、勝負ができるかもしれないと小林氏は手応えを口にする。

講義の最後のテーマとなったのは、“ソーシャルゲーム産業の意義”について。まず小林氏は、“日本のエンタメ産業の大問題”として、2点挙げる。まずは、“日本のコンテンツが輸出されても儲からない構造”。実際のところ、日本のエンタメコンテンツ市場は、ほかの先進国と比べても非常に大きいが、ゲームを除くすべての分野が輸入超過の状況にあるという。さらに、海外で日本のコンテンツが大ヒットをしても、大半のコンテンツが売り切り制だから、儲かるのは海外企業という仕組みになっていると指摘。ちっとも“世界に冠たる日本のコンテンツ”というわけではないようなのだ。

▲実際のところ、日本のエンタメコンテンツはそんなに海外で儲かっているわけではないという。

 

もう1点が、“コンテンツを「つくる人」が必ずしも報われない環境”。映画やアニメ、コンシューマーゲームなどにおいて、制作者はあくまでも発注を“請ける”という立場がほとんどで、どんなに作品がヒットしても、それで制作者サイドの懐が潤うことはない。たとえば、アニメの制作現場を例に取ると、アニメーターが低賃金で働いている現状はよく聞く話だが、収益を上げられない状況で負担を強いられるのは現場のアニメーターであり、現場に負担がかかり過ぎて、コンテンツ制作力の低下につながっているというのだ。日本で制作される多くのアニメが中国や韓国などに発注されているのはご存じの通りだが、「あと、10~20年すると、日本でアニメが作れなくなるのでは? 日本に作り手がいなくなるのではないか?」と小林氏は不安を口にする。

 ▲作り手が必ずしも報われない。それは産業の担い手が減少することにも通じる。

 

しかし、ソーシャルゲーム業界は違う。

おもしろいものにユーザーさんがお金を払う

開発会社の資金に余裕ができる

クリエイターが十分な報酬を得られる

コンテンツの質が上がり、ユーザーの選択肢が増える

こんな好循環ができあがってきているというのだ。ゲーム業界において、プログラマーやデザイナーは、これまで日本ではもっとも給料が低かった。でも「“つくる人”にもっと利益が還元されるべきだと思います」と小林氏は言う。加えて、ソーシャルゲームにはさらなるメリットがある。気軽にゲームを作れるという点だ。通常、ゲームを作る場合は、最初にある程度の資金がないとお話にならない。ところがソーシャルゲームでは、思いついた人が気軽にゲームを作って、ヒットすれば作った人がそのまま利益を得られるのだ。

▲日本のソーシャルゲーム業界では、ユーザー、クリエイター、開発会社ともにいい循環ができあがっている。

 

Mobage『神撃のバハムート』に代表されるように、日本発のソーシャルゲームが北米のヒットチャートを賑わせるのも珍しいことではなくなった。日本発のコンテンツが海外でも収益を得られる状況になっているのだ。「スマホで勝てる領域があるとしたら、ここです! みんなでやっていきたい」と小林氏は意気込みを語る。

さて、小林氏の目標は、「日本にハリウッドを作ること」。それは、日本に映画の都を作ること……というわけではない。ハリウッドには、“ひと山当ててやろう”と世界中から才能のある人材が集まるが、同じような人の流れをソーシャルゲームという分野において、日本に築きたいというのだ。ソーシャルゲーム産業は、日本のエンタメ産業、ひいては日本の産業そのものを救い得るだけのポテンシャルを秘めているということなのだろう。ソーシャルゲームが今後どのように世界市場で存在感をアピールしていくことになるのか……興味は尽きない。

 

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